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ヒトiPS細胞から胚盤胞 世界初、新たな生命つくる可能性も

数日前、Yahooニュースに掲載されていた朝日新聞デジタルのヘッドラインだ。

ふわっとした内容のおためごかしな記事だったので、ヒトiPS細胞を使ったことのある身として原著論文をざっくりと読んでみた。最近はiPS関連論文を追っかけてなかったので、色々と進んだのだなーと思った。以下、要約。

ざっくりまとめ

そもそも今回の報道は、3月17日にNatureに同時掲載された2報の論文をもとにしている。1報はオーストラリアのMonash大学から、もう1報はアメリカのUniversity of Texas Southwestern Medical Centerから出ている。

いずれの論文でも、Naive-stateのヒト幹細胞から胚盤胞様の細胞塊を作ったことを報告している。作り方に若干の違いはあるものの、大筋は似ており、aggregation chimeraを作るときのように、小さなくぼみで細胞塊を作り、分化用培地で培養することで胚盤胞様の細胞塊を得ている。論文の構成としては、胚盤胞様細胞塊作る→胚盤胞との比較解析(免疫染色、scRNA-seq)、という感じ。Monach大学のチームの方はin vitroでの着床実験もやっている。

Yahooの記事で気になったところ

両チームとも、つくった胚盤胞は細胞の状態などに違いがあり、「(本物と)同等ではない」としているが、より厳密につくられれば生命になる可能性は否定できない。

「可能性は否定できない」のはその通りだけど、マウスで行われた同様の研究成果から考えると、実現まではだいぶ遠いだろうなーという感覚。ヒト胚発生の14日ルール(原始線条が形成されるところまでヒト胚を培養しちゃだめ。そっから先は「生命」扱い)を見越しての記載だとは思うけど、一般的な「生命」の感覚としては胎児からだと思うので、誤解を与える表現だなーと思った。

論文の方法では、胚盤胞をつくる過程で遺伝子に傷が入りやすく、うまく発生していくかはまだわからないという。

という一文も少し気になった。ざっと読んだ感じだと、胚盤胞様細胞塊を作る過程で外来遺伝子を導入しているわけではないし、CRISPRを使っている感じもないので、遺伝子に傷が入りやすいといっている根拠がどこにあるのかちょっとわからなかった。分化用培地にその類が含まれているのかもしれないので、時間ができたらちゃんと読みます。

そもそもの背景をざっくりと

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胚盤胞とは、着床前の空胞状の細胞塊のこと(上の図の1)。ちなみに14日ルールの原始線条は2のこと。

ES細胞(Embryonic stem cell)は内部細胞塊(1のピンク色の細胞)から得られる多能性幹細胞のこと。適度にバラバラにして、専用の培地で培養するとコロニーを得られる。

iPS細胞(induced pluripotent stem cell)は人工的なES細胞のようなもの。皮膚由来の細胞など、多能性を持っていない細胞から作ることができる。作るためには外来遺伝子(OCT3/4, SOX2, KLF4, c-MYC)を入れる必要がある。

幹細胞研究で使われる「多能性」とは、胎盤を除く全ての細胞になれるという意味。胎盤にはなれないから、ヒトES細胞やヒトiPS細胞だけで発生することは不可能。胎盤になるのは、胚盤胞の栄養膜外胚葉(上の図の緑色, trophoectoderm)の部分。

ES細胞・iPS細胞の中でも、特殊な条件で培養してやると、栄養膜外胚葉様の細胞への分化能を持つことができる。一口にES細胞・iPS細胞と言っても、分化能や細胞特性が異なる状態、Naive型(ground-state)とPrimed型があること知られている。マウスES・iPSはNaive型で、ヒトES・iPSはPrimed型であるとされていて、Naive型のほうが胚盤胞補完法でレスキューできたりするなど、多能性が高いとされている。「そもそもヒトで胚盤胞補完法が倫理的にアウトなのにヒトのNaive型ってなんやねん」という批判もあったりとこのあたりの定義は混沌としているイメージ。

今回の論文はヒトで初めて胚盤胞様細胞塊を作ったことが新しい。でもこれ、マウスでは既に結構前(2017年のScienceの論文)からやられているお話。やり方としては、既に樹立されている幹細胞を集めて作る方法と、EPS(Naiveみたいな幹細胞)から作る方法の2パターン。いずれも3次元培養で、使うプレートもほぼ一緒。「マウスの結果をヒトでやっただけの銅鉄実験じゃん」と切り捨ててしまうのはちょっとかわいそうで、マウスとヒトは幹細胞の特性や発現時期・パターンが異なるので、すごい成果なことは間違いない。比較生物学的な観点でも興味深い研究だと思う。

論文でやったことと結果

オーストラリアのチームはヒトの皮膚由来線維芽細胞にSendaiウイルスベクタで山中4因子入れて作ったiPS細胞を使っている。アメリカのチームはES細胞とiPS細胞を使っている。

オーストラリアのチームはiPSとして単離せず、TransfectionからDay 21の細胞集団を使っている。どうやら、scRNA-seqのデータから、trophoectodermやepiblast, primitive endoderm(胚盤胞を構成する細胞種)に似た遺伝子発現をしているとのこと。それならば単離しないで3次元培養すれば胚盤胞になるのでは?という発想での実験みたい。少し乱暴なアプローチのように見えるけど、自己組織化ってうまく出来てるなーと思った。ナッシュ均衡みたいな感じなんだろうか?

アメリカのチームはNaive-likeの幹細胞を使って、3次元培養で作っている。Naive型への持っていき方は、5i/L/Aという5つのinhibitorとLIF, Activin Aを使ったやり方のよう。

作った胚盤胞様細胞塊は免疫染色やFACS、scRNA-seqなどで胚盤胞との比較をしている。全く同一ではないけど、それなりに遺伝子発現パターンは似ているように見える。筆者たちも言っていたが、一番の違いは内部細胞塊にPrimitive endodermが混ざり込んじゃっている部分だと思う。あとは、使う細胞株や条件などで、作れる確率や期間が大きく変わってしまうあたりも、今後の検討部分なのかなと思う。

まとめ

いつの間にやらExtended (Expanded) pluripotent stem cell (EPS)という幹細胞が提唱されていたのに、時の流れを感じた。この胚盤胞様細胞塊を胚盤胞とは似て非なるものとするならば、いまの14日ルールを超えたヒト幹細胞実験がOKになるのかどうかはかなり気になる部分。もしもOKになるんだったらPrimitive streakの発生や原腸形成など、ヒトを含めた分子生物学的立場からの比較生物学が大きく進むと思う。

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