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ギタボがギターを棄てる時。

そんなに簡単なことじゃないんだ。

そう言うと彼は
ペットボトルの炭酸水をぐいっと飲んだ。
それから
にがい水を飲んだかのように、顔をしかめた。


「ギターを弾きながら歌うことは、
みんなが思ってる以上に大変なことなんだよ。
ボクが当たり前みたいに弾き歌いをするから、
みんなも当たり前にできるのだと思っているかもしれないけれど。」

高校時代からの友人男子は、
今も3ピースバンドで歌っている。
歌うばかりか、エレキギターも弾く。
もう何年も、
そうやってギタボを務めてきたのだった。

久しぶりにオンラインでみんなと話した時に、
彼は酔っているわけでもないのに
そんな話を始めたのだった。
珍しいことだった。


「好きでやってきたのだから、
それでいいじゃない。
実際上手いわけだし。」

私がそう言うと、彼は、
いやいやいやと、
突き出した手のひらと顔を同時に横に振った。

「やることがね、多いんだよものすごく。
歌のノリに合わせたコードバッキングだけなら
いいけれど、ボクのバンドは3ピースだからね。
複雑なリズムのカッティングもするし、
ギターソロだって弾く。
足元にはほら、この通り、
沢山のエフェクターがあるでしょう。
それを歌の途中で、足元を見ないで踏み分けるんだ。足元に目をやると、マイクから口の位置が
外れちゃうから、ご法度なんだ。」

歌いながらギターを弾くことの大変さを、
彼は切々と語った。

「それに加えて、大抵はMCもボクがやる。
フロントマンとして、それは仕方がない面もあるけどね。
ボクがギターのチューニングをしている間、
他のメンバーが何をしているのかと、
ちらっと見てみたことがあるんだ。
するとね、
彼らは椅子に座ってボクの動作を
ただじーっと見ていたんだよ。
まだかなあ、なんて風に。」

それはほとんど愚痴に近いぼやきだったので、
気の毒な反面、
意外な心情の吐露に思わず笑ってしまった。
ライブで演奏している時の彼は、
そんなことを微塵も感じさせない
パフォーマンスをしていたから。

オンライン画面の中の彼は
《ギタボあるある》を語りながら、
抱えていたFenderストラトキャスターを
ほとんど無意識につま弾いているのだった。
私は、
『これがほんとの《弾き語り》じゃない?』
と思いながらその様子を眺めていた。
話すスピードや間とは関係なく、
レッチリの曲を弾いている。
ギターのクリーントーンが心地よくて、
もっとそちらを聴かせてほしいと
思ってしまったほどだ。
話しながら弾けるくらい、
エレキギターは彼の体の一部になっていた。

そのことがあったのち、彼が
配信ライブをやるからよかったら観てよ、
と連絡をよこした。
普段はあまり
《現場じゃないライブは観ない派》
の私だったけれど、
友人の頼みとあれば
配信を観ることもやぶさかではなかった。

いよいよスマホ画面の中のライブが始まった。

あれ、何かおかしいな、と思ったら、
その日の彼は
ギターを抱えていなかったのだった。
自分の分身のように常に身につけていた
Fenderストラトキャスターは、
どこにもなかった。
その代わりに、昔からの知り合いだという
ギターのサポートメンバーがいたのだった。
マイクスタンドに向かう彼は、
ボーカリストになっていた。
もう、ギタボではなくなっていた。

歌に専念する彼は、
どこか手持ち無沙汰に見えた。
ギターを弾きながら歌うことに
あまりにも慣れすぎていたせいか、
体の動きがぎこちない。
あれあれ?という違和感は、
私の中でなかなか消えようとしなかった。
ノリのいい曲でも、
しゃきん!と音が聞こえそうなくらい
真っ直ぐに背筋を伸ばして、
マイクスタンドの前に立っていた。
足先くらいは
リズムをとっていたかもしれないけれど、
私は動揺してそこまで見ていなかった。


ギターから解放されて自由を得たはずの彼は、
なぜあんなにも不自由そうに見えたのだろう。
籠の中で飼われ続けた鳥が、
籠をサッとどかされても
飛び立たないことに似ていた。
どうしたんだよ、
もっと念願の自由を満喫しなよ、と
心の中で思ったけれど、
彼自身、その自由さに
戸惑っていたのかもしれない。

そんなこともあったなー。
なんて、いつの日か照れながら思い出すほど、
ボーカリストとしての彼が
定番になる時がくるのだろう。
けれども私は、
あのあたたかい色のギターを弾きながら
汗を散らして歌う彼の姿が
眩しくて素敵だと思っていた。

慈しむように、
時には荒ぶるように、
ギターを鳴らす。
繊細で歯切れのいいカッティングも、
難しいフレーズも、
器用にこなしながら歌う。
音楽っていいなと思わせてくれる
楽しさの説得力は、
彼とギターが一体化した時に生まれていると
信じていた。

演奏するのは彼らだから、
彼らの好きなようにやればいいさ。
と、唐突に突き放すように
冷静になってしまいながらも、
本当はこうなりたかったのかな、と思い
しんみりもした。
それなら私も
彼のこの姿にはやく慣れなければなあと
反省したりしながら。

いくつになっても
夢を追い、
夢に飲まれ、
夢の前で立ちすくむ。
それでも現実世界の暮らしと両立させながら
人生を走ってきた彼らは、
私達友人から見ても
希望だった。
格好つける姿が、かっこよかった。
同じ時に青春を過ごし、
同じ時代の波に揺られて生きてきた仲間たち。
いっしょに歳を重ねてきたからこそ、
やりたいことをやれる時にやる大切さが
身に沁みているのだ。
けれど。


とりあえず感想を送る。

いいライブだったよ。
お客さんを入れた会場でライブをやれるのは、
まだ先のことになるだろうけれど、
またいつか観られる日を楽しみにしているよ。
でもさ。


たまにはエレキギターを弾きながら歌ってよ。


分かってはいるけれど、
そう余計なひと言を付け加えてしまうのだ。


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。