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雨の後、花を見に行く。

つかの間の晴れに気を良くして、
雨上がりの散歩に行くことにした。
そこかしこの水たまりに遠慮なく、
ばしゃん!と踏み込めるように
レインブーツをわざわざ履いていく。
『今は雨上がってますけれど
さっきまで雨でしたからね、
レインブーツでも仕方ないんですよ』
という顔をするのがコツ。

雨上がりの匂いが好きだ。
湿った土と木の葉と空気の匂い。
この匂いには
ちゃんと名前がある。
『ペトリコール』
というのだそうだ。
静かな音楽を奏でる
バンドの名前みたいだ。
このペトリコールの匂いを嗅ぎながら、
雨の後の花を見に行った。

紫陽花にアガパンサス、
青い花が多く咲いていた。
雨に打たれてさらに色を増している。
紫陽花のなかでは「ガクアジサイ」がいい。
萼の輪の中で咲く小さな花たちは、
雨粒の水晶を抱く石座となっている。
雨が消えるまでの限定品。


立葵の薄い花びらは
濡れた重みで下を向いている。
けれどその中から蟻が一匹這い出してくると、
小さな命が無事に雨宿りできたことに
なんとなくほっとする。

緑の葉の上に連なる雫たち。
これはただの雨水なんかじゃない。
空から贈られた雨の中の光の珠。
手のひらに乗せて
ころころと転がしたいけれど、
手を触れたとたんに儚い一滴となって
地面に吸い込まれてしまう。
だから私は写真に収めるしかない。

日が延びて
いつまでも明るさが居座るから
散歩の道のりもつい、長くなる。
雨上がりの匂いを嗅ぎながら歩く
梅雨時の密かな楽しみ。

雨の後の花に向けて
シャッターをきる私を、
奇異な目で見る通りの人。
少しのバツの悪さを感じながらも
やめられない。
今しかないこの瞬間を
心と写真に残しておきたくて、
恥ずかしさを乗り越える。
たとえにやにやしていたとしても、
マスクをしている私の顔は
誰にも見えやしないのだ。

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