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【エッセイ】今でも忘れられない、街角での一瞬の出会い

なぜか昔から、知らない人に道を聞かれる。
今はグーグルマップ等を活用する人が増え、だいぶ少なくなったが、以前は地元・仙台ではもちろんのこと、旅先でも道を聞かれた。
初めて降り立った宇都宮駅で日光への行き方を聞かれたり、不慣れな東京・上野駅で外国人に浅草までの行き方を片言の日本語で聞かれたりした。

また、バス停で居合わせた尼さんや日帰り温泉で居合わせた人に身の上話をされた経験も。「なぜ私に?」と驚きながらも、街角で様々な出会いがあったもんだと思う。
中でも思い出深いのは20代の頃にあった、図書館での一瞬の出会いである。

ある秋の日、市内中心部の図書館に行った。
借りていた本を返却し、文芸書の本棚の前をうろうろしていると、年配の女性と目が合った。スラっとした背格好にロングヘア、服装もお洒落な雰囲気で都会的な人というのが第一印象だった。

すると、彼女から「あの……」と話しかけられ、「あなたのような若い年代の方はどんな本を読まれているの?」と尋ねられた。
急なことで驚く私を見て、彼女は「突然ごめんなさいね。いつも同じような本ばかり読んでいるものだから、若い方のおすすめを聞いてみたいと思ったの」と言った。

確かに、私にも覚えがある。いつも同じジャンルや作家の本に偏りがちで、冒険しようとしても、多くの本の中から一冊を選ぶのは難しい。
思わず共感し、当時よく読んでいた有川浩を薦めた。県庁職員が地域活性化に奮闘する『県庁おもてなし課』、ろう者と聴者のカップルの恋愛を描いた『レインツリーの国』、コミカルな『三匹のおっさん』など、様々なジャンルの世界をのぞけることがおすすめ理由だ。

果たしてそのセレクトが彼女のニーズを満たしていたのかはわからないが、とっさに出てきたのがそれらの作品だった。

そして私もこの素敵な女性はどんな作品を愛読しているのか興味が湧いた。たずねたところ「小池真理子とかよく読むかな……」と言われたので、別れた後に早速、ネットで詳しく調べてみた。

小池真理子は仙台で高校時代を過ごした作家で、仙台を舞台にした小説を数冊出していることを知った。
そこで代表作の『無伴奏』と『水の翼』を読んでみた。

あらすじについては既にご存じの方や、これから読む方もいらっしゃるだろうから割愛させていただく。
2作品とも、1960年代の仙台が舞台で、普段使っている通りの名前や、聞いたことがある喫茶店やお菓子屋さんが登場する。情景が思い浮かぶものだから、一気に世界に入り込んでしまった。

例えば、表題にもなっている『無伴奏』はかつて仙台市内中心部にあった喫茶店、また『水の翼』に登場する『賣茶翁(ばいさおう)』は西公園という桜の名所にほど近い場所に現存する老舗の和菓子屋さんだ。

恥ずかしながら、小説がきっかけで『賣茶翁』を知った私は、実際に行ってみた。そして人気商品のどら焼きとみちのくせんべいを買って帰った。
どら焼きはしっとりとしていてあんこがたっぷり、みちのくせんべいは薄焼きの真っ白なおせんべいで、ほんのりとした甘さが何とも上品だと思った。それからも時々、利用している。

街角での思いがけない出会いのおかげで、好きな作家や行きつけのお店が増えた。秋になると思い出す、一番印象に残っている出会いである。