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中国日誌

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中国生活の記録。異国の地で構築されていく記憶の世界。
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2022年10月の記事一覧

【中国日誌】436日目 22.10.30

人は恐怖を感じる。それが自分にも迫りくると感じた時に。それが自分でもおかしくなかったと感じた時、その恐怖がリアルなものとなる。恐怖とは不思議な臭いがする。自分が未知の苦しみと死を味わう恐怖。その恐怖にはできる限り近づきたくないし、もし遭遇したら、一目散に逃げなければならないと思わせる、そんな恐怖である。決して、それは挑むべき恐怖ではない。生に感謝を。

朝5時に起き支度と日課。少し、ピアノを弾いて

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【中国日誌】435日目 22.10.29

夢をみた。とてもリアルで、とても感情に訴えてくる夢である。そこにいた彼女との触れ合い。とても人間的な空間。そこで営む会話、動作が、生々しく、それでいて満たされた空間であった。そこは有る高層建築物の上の階。しかし、部屋は少し狭く、昭和のような古びた感じ。生活感は薄く、一か所に本や服などがかためておいてあった。寝る合間に、彼女はおきるやいなや、何か見たかとのない立方体の道具を取り出し、何かの蓋を開けて

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【中国日誌】434日目 22.10.28

晴れるや。そんな言葉が私の心を満たす。悪くはない。むしろ気持ちがいい。これも昨日私の最後の頑張りとそれまでに協力してくれた過去の各私らのおかげである。昨日の自分に称賛と感謝を。

朝4時40分に起き、支度と日課。8時に出社。仕事。やたら会議が多かった。1日がほとんど会議で埋まったのは初めてである。なんということでしょう。会議が多いのはいいことではない。しかし、不要な会議があったかと言われれば、そう

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【中国日誌】433日目 22.10.27

圧迫される。やる事が収束しない。やる事はできないことではない。物理的な問題である。1日のスピードは一定であるが必要な処理量が増えたため、やる事が渋滞してきているのである。私の数は増えない。仕事は任せれるのは任せている。今ある仕事は私がしなければならない仕事のみである。それが渋滞しているのだから、少し、焦るべきかもしれない。今日が勝負である。どれだけ、やる事を消費できるかで、未来の私の状況が決まる。

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【中国日誌】432日目 22.10.26

迫りくる不安。まだ残された時間。本日の私の行いが、次の日の私の不安の度合いを決めることになる。その日その日の私が、次の日の自分の心の状態に影響を与える。私は毎日を分業して生きている。今日は今日の私。明日は明日の私が担当である。その日その日の私の状態は異なる。別人である。だから、今日は昨日の自分の仕事を上手く引き継がねばならず、明日の自分に迷惑をかけないように余裕を作ってあげなければならない。1日1

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【中国日誌】431日目 22.10.25

浄化された私の脳の沸点は高い。高校で習う沸点上昇というやつである。お蔭で感情の制御が、できる。不快な、事象が山積もりであるものの、そこまで、焦ってはいない。心に余裕がある証拠。ひとつひとつを片付けていく。ただそれだけで、問題は解決していく。不安とは未来の私自身が行動しないことに対する恐れ。だから、不安を与えることで感情的に私の行動を制御しているのである。人間とは面白い。未来の私の行動を制御するため

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【中国日誌】430日目 22.10.24

浄化された。怒りは凪のフェーズへと移ろう。私は、環境に合わせて変化する。それは持って生まれた性質。理性はその性質に後天的に働きがけ、反応の変化をもたらす。性質を上手く扱えるものが、天才と言われ、才能とも言われる。性質を上手く使う手段を理性により構築していくのである。持って生まれた性質に感謝を。

朝4時20分に起き支度と日課。7時前に出発、仕事をして、バスで上司と一緒に帰る。いつもと異なるルートで

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【中国日誌】429日目 22.10.23

沸々と湧き上がっていた負の感情が、落ち着きを取り戻し、週初めの朝を迎える。休日とは非常に重要である。脳内に負の思考が焼き付かないように、クールダウンしてくれる期間なのだから。素晴らしい。日本にいたときのような憂鬱な朝は無く、平和そのものである。人間関係にも要因がありそうだ。まあ、いずれにせよ、中国の方が人間関係は健全であるのは、不思議なものである。私が生きやすいのは中国なのだろうか。それとも、中国

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【中国日誌】428日目 22.10.22

眠気が抜けぬ今朝は曇り。今は雲間から太陽が覗き見ている。果たして眠気の正体は何なんだろうかと考えながら、もう少し寝たい衝動に駆られて転寝をする。やはり、こういう時は体がだるく、頭の中も煙がかかったような、そんな感じである。やる気はせず、と言ったところであるが、習慣は障壁が低く、自然と進めることができている。体調や精神状態に左右されない習慣こそ、真の習慣と呼ぶにふさわしい。真の習慣は、息を吸うように

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【中国日誌】427日目 22.10.21

相手に圧力を加える。私は嫌われたくない。私はそんなことしたくない。私は自分がされて嫌なことを相手にしたくない。それを、今、している私。この矛盾は、立場の責任と信念のギャップ。責任があるからその手段を取ったという、私自身の言い訳。違う。私は、そうしたいのではない。そのはずなのに、私はそうしてしまっている事実。そして、それを責任、義務という言葉で正当化しようとしている自分。生じた言動との齟齬を無くすた

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【中国日誌】426日目 22.10.20

嵐の後の不安は、確かに的中していしまった。何の根拠もない不安が、現実へと変わる。未来の波を感じ取り、現在の私は不安で感度が高くなる。実際来るであろう不安の具現に押し負けないように、その抗力を事前に不安という力であてがい、用意する。不安とはそのためにあるのである。心のバランスを失わないために、事前に不安で抗力を生じさせ、嵐が来たら不安を失くして抗力と拮抗させるのである。説明がくどくなったが、そういう

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【中国日誌】425日目 22.10.19

嵐は確かに去った。しかし、それなのに、不安が助長されている。嵐中は嵐だけに意識が向いていたため、他への志向は微弱であった。それが嵐が去ったと同時に、今までないがしろにしていた物事に意識が向くようになり、そこで遅れを取り戻さなければならないという使命感とともに、不安が掛け合わさり、嵐中の不安以上の不安を感じている。やはり、不安とは未知のレベルで決まるのだということが、改めて理解できた。嵐の中では嵐の

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【中国日誌】424日目 22.10.18

何故か嵐が去ったような錯覚に陥る。嵐の真っただ中なのに、そういう風に感じるのは何故だろう。嵐とは、初めは未知の恐怖でいっぱいになる。しかし、嵐を一時経験することで、慣れ、未知が既知のものへと変わる。それにより、未知であった嵐が明瞭となり、心に余裕が生まれ、そしれ、嵐の終わりを想像することができるようになる。恐怖が希望へと変わる。そうこれが、嵐の中で嵐が去ったような錯覚に陥る、構造であると考える。希

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【中国日誌】423日目 22.10.17

感情を露にする。感情をぶつける。それは怒り。不満。それが声のトーンに乗って、相手へと発せられる。それは真剣の中で生まれる焦り。焦りが理性を殺して感情を増幅する。感情が有無を言わせぬ傲慢な態度へと変貌させ、周りを緊張させる。これは悪いことではない。今まで観ることのなかった、新たな私の一面である。いや、必死に隠してた私の一面である。さまざまな、私との出会いに、感謝を。

朝4時半に起き、支度と日課。8

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