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ミクロムーブメントのその先

朝、マンションのエントランスを出て、ゴミ捨て場に行ったら見覚えのある鍵と目が合った。その数秒間で「あ、これうちのマンションの鍵やん」と気が付いた。それでも一抹の不安があったので自分の持っている鍵と比べてみた。「あ、そうやん、絶対そうやん」そう、声が漏れた。とりあえず、拾ったもののどうしようか、、、と悩みながら、自分の鍵と誰かの鍵と一緒に部屋に戻った。

朝は余裕を持って準備するタイプやけど、時間にそこまでの余裕があるわけ決してない。今から一軒一軒、ピンポン押すか?2階立てのうちのハイツはA棟B棟合わせても、うちを除いて11軒、、、いや、行かれへん。ってゆうか、そんなん絶対やめといた方がいい。絶対的に怪しい。なんやねんこいつってなる。ほんでやっぱりそんな時間ないやろ??ってゆうかそもそも落とした本人が、家におらんねん!!(という現実)


あ、そうか、わかったぞ。この鍵を駅前のお世話になった不動産屋に持っていけばいいんちゃう??iPhoneを取って、GoogleMAPで電話番号を調べたらすぐ出てきた。出てきた画面を見て気付く。現在時刻、8時15分。営業時間9時半。そのあと飛び込んできた文字にびっくりして、ツッコませていただいた。ってゆうか今日は水曜日でそもそも不動産屋が定休日やがな!!(という、これまた現実)

持ち主はぜったいこの中の誰かやのに、目と鼻の先の住人にサササっと返してあげれないもどかしさを感じるわたしに容赦なく、家を出ないとあかんタイムリミットが迫ってきていた。数分、脳をぐるぐる回転させて、最終的にわたしは紙とペンを手に取った。

【住民のみなさまへ】
突然すみません!B棟に住んでいる者です。
本日ゴミ出しの際に、落とし物の家のカギを見つけました!同じマンションの方の落とし物だと思うのですが、今から仕事で時間がなく、どうすることもできないので一旦商店街の交番(セブンのななめ前)に届けておきます!心当たりある方はご確認よろしくお願い致します!
住人より

これはA棟につけたメモ


会社にいく準備をして、A等とB棟に同じ趣旨の内容を帰ってきた住人のぜったいに目に留まるであろうところに貼り、鍵を握りしめて交番に向かってダッシュしたのだった。

交番に着くと違和感があった。あまりにも静かだったのだ。案の定、読んでも誰も出てこなかった。パトロールに出てるっぽかったので、左手奥にあった【不在の場合は、こちらにお電話ください】の看板の下にある受話器を手に取った。「どうされました〜?」右手に持つ受話器から呑気そうなおじさんの声は、自分との温度差を感じずにはいられず気分が萎えた。電話口のわたしは、たぶん早口やったんやろなと思う。おじさんが、「お姉さんも急いではるんやね?」と聞かれて、「まじで電車の時間やばいっす!もうあと2分っす!」と電話口でゴリゴリの体育会系を出してしまった。最終的には「ってゆうかね、たぶんおなじマンションのひとの鍵なんすよ、わたしもそこの住人です」とか言いながら必要なことを伝えて電話をそそくさと切って、駅までまたダッシュした。

無事電車に乗り込む。すでにひと仕事終えた達成感が朝の8時半過ぎなのにあった。ひさしぶり走ったからかもしれない、学生時代の朝練の感覚を思い出した。電車に揺られ、会社に着く。このことは誰にも話さず、いつも通りにハーブティーの準備をする。ちゃんと持ち主さんのところに戻ればいいなと思いながら、コップに熱々のお湯を入れて、朝の一杯を楽しんだ。



夜。仕事を終えてマンションに帰ると朝のメモがわたしを出迎えくれた。風に飛ばされないか懸念していたのでしっかり貼り付いているその姿は頼もしかった。今日1日あなたも役目を全うしたんやなと労いたい気持ちになる。そして、次の瞬間、


「ん??」



これはB棟のメモ


わらけた。


朝にはなかったぞ、なんや、この赤いイイネ♡シールは!!


誰かがわざわざ家に帰って、シールを貼りにここまでまた戻ってきてくれたのかと思うと、その「わざわざ感」に嬉しさが込み上げてきて、ちょっと褒められてる気もして照れ臭かった。


夜ご飯を食べて、ゆっくりしながら、イイネ♡シールを貼ったひとのことを思った。たぶん普段からナチュラルに人助けが出来るひとなんかなぁと思う。
自分が人助けをすることがあっても、人助けしているひとを褒めるってなんかひとつレベル上な気がした。わたしも今度、自分がいいなぁと思う行動をしているひとがいたら勇気を出して、あなたのその行動イイネ♡と伝えたいと思った。


この1件がひとりの人間に刺さったのは間違いない。
とても小さな出来事なんだけど自分の起こした行動が、ある1人のひとの中で小さなムーブとなった。普段は忘れがちだけど、ただ普通に意識なく自分がとった行動が見えない連鎖生むんだということを思い出す。この見えないし、形にもないけど、今ここにあるこの感情が世界が平和になるスタートラインな気がした、大袈裟だけど。無論、鍵を無くされた本人はまじでそれどころではなかったし、全くもって平和ではなかったやろなと思うんやけどさ。


次の日の朝、貼ったメモを外しにいったらA棟にもB棟にもメモの形跡はどこにもなくなっていた。

ムーブメントはあっけない。
でも、それもまた現実。
小さくても積み重ねていけばいいのだ。


追伸
鍵を拾った当日の朝。時間がないのに「ここで怪しまれるわけにはいかない」という自分の中の妙なこだわりで何回もメモを書き直していたことはここだけの話。

当日、家帰ったあと机の上を見て我ながら、笑った。これはその時に撮った記念写真。

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