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鮨の真髄No.010 鮨の生命線:シャリ(酢飯、鮨飯)について1

本記事は「鮨の真髄」の連載10回目です。筆者が2023年12月末に始めた、アメリカのSubstackで連載している"Spirits of Sushi"の完全日本向けバージョンです。筆者は本が大好きなので、書籍をイメージした構成でお届けします(最下部に目次を記載しています)。

本連載を読み終えたときには、必ず鮨通になっています!
ググってもSNSを開いても得られないような情報を盛り込んでいきます。

今回の記事から新章に入ります。テーマは「鮨の生命線:Chapter 2.」です。これは決して誇大広告ではありません。鮨において重要なのはシャリ!それをアツく解説します。


Chapter 4. シャリは鮨の生命線

本チャプターを読めば、「美味しいシャリ」についてご理解頂けるだろう。鮨において最も重要なのは魚よりも「シャリ(酢飯、鮨飯)」である。「そんなバカな!?魚でしょ??」と思う人も多いかもしれない。しかし、実際には、鮨はシャリによって美味しくも不味くもなるものである。豊洲で超一級の高級魚を仕入れたとしても、シャリ如何で美味しくも不味くもなる。逆に、高くない魚を用いて劇的に美味しい鮨へと仕上げる名人も存在する。そのような名人はシャリと握り方で鮨を芸術の領域まで昇華させているのである。ここに江戸前鮨の粋があり、お金ではなく仕事=技術で旨くするのが鮨であると実感させてくれるのだ。

筆者は「シャリとは鮨の生命線である」と昔から主張している。そして、実際に鮨職人に鮨におけるシャリの重要度を聞いてみると、60~80%の範囲内で答える人が多い。まれに90%や100%と答える人すらいる。私は20代後半に銀座の名店「鮨 青空」の高橋 青空親方から「鮨はシャリが重要で、60%以上はシャリで決まります」と聞いた。そして、熟練の職人さんにも同様の質問をしていった。そして、2022年には京都・宮津市にて「飯尾醸造」主催で開催された「世界シャリサミット」にメディアとして参加させて頂き、数多くの鮨職人とともにシャリについて学び、シャリの重要性と奥深さを実感した。当サミットでは、講師の鮨職人3名によるシャリ切りの実演を観るだけでなく、そのシャリを用いて自分で握ることができる点もユニークで素晴らしい経験となった。シャリと向き合うこと即ち、鮨と向き合うことに等しい。これは作り手としても食べ手としても同様である。

「美味しいシャリ」とは?

高度な江戸前鮨においては、鮨職人は握る技術だけでなく、シャリを作る技術(シャリ切り)も求められる。ただ、一般的には「良いシャリ切り」や「良いシャリ」と聞いても、「何を言っているんだ??」と、ちんぷんかんぷんだろう。これには理由があり、酢飯イコール「お酢を使った酸っぱいご飯」程度に思われている為だ。ネット上や一般向け書籍のレシピを見ると、そのような認識に基づくものが実に多い。米やお酢と向き合ったレシピは稀有だ。よって、「良いシャリ切り」の為に必要な「良いシャリ」の要素を挙げてみよう。

  • 米粒が割れていない

  • 粒が立っている(ハリがある)

  • 表面がざらついていない(ツヤがある)

  • 粘度が程よくパラッとほどける

  • 温度が適切で冷たくない

  • 柔らかすぎない

  • 硬すぎない

  • 噛みしめるとお米の甘味を感じられる

  • 味付けが強すぎず、魚の味わいに馴染む

  • お酢やお米の香りが立ちすぎない

予想を超えるほどマニアックではないだろうか?しかし、世間で人気を博す鮨店の親方は日々このようなシャリを切っている。ブレは許されない。それ故に人気を博し、ひいては名店と言われるようになるのだ。

かように奥深いシャリは、以下のプロセスで作られる。決して炊飯器でピッ!ではない。

  1. 使用するお米を選択する

  2. 使用するお酢を選択する

  3. お酢、塩、砂糖の塩梅や使用有無を決める

  4. お米に水を浸漬する

  5. お米を炊く

  6. 炊き立て熱々のお米に3の合わせ酢を掛ける

  7. シャリを切る(しゃもじで混ぜる)

  8. 粗熱を飛ばす

  9. 保管する

シャリに必要な各種原材料や調味料については、後ほど細かく見て行く。ここで特記したいのが、4の浸漬(しんせき、しんし)と5の炊飯だ。これらのプロセスには、多くの人が想像できない工夫がこらされている。欧米人ならば「クレイジー!」と思うだろうし、同じ東アジア人である中国人、台湾人、韓国人の方々ですら驚くはずだ。なにせ鮨職人はお米に浸漬する際に、水温と時間を細かく計算しているのである。

シャリにおいて最大最悪の敵は粘度だ。そして、日本のうるち米は一般的に粘度が高い品種である(粘度の要因であるアミロペクチンはジャポニカ種の場合に80~85%だが、インドや東南アジアで食されるインディカ種は70~75%)。その粘度を抑えつつ、お米の持つ甘味を引き出す浸漬と炊飯が鮨職人の技だと言える。粘度が高いと鮨職人にとっては握りにくく、消費者にとっては一言で言って美味しくない。粘度が高い酢飯は鮨種との一体感が悪く、しかも咀嚼している時の食感が悪く、さらに後半にもたついて無粋だ。

最新の炊飯方法としては、低温の水で浸漬を長時間行い、高温で一気に炊き上げる方法が採られる。お米を研ぐ水と浸漬に使う水を12℃以下にして、冷蔵庫内で浸漬する。8時間前後で設定する鮨職人が多いようだ。そして、炊飯には高温が出る羽釜や土鍋、あるいは銅鍋などが用いられる。最近ではバーミキュラの鋳物ホーロー鍋とポットヒーターを組み合わせたハイブリッド型の炊飯器具を使う職人も散見される。日本で誰もが知る鮨店「日本橋蛎殻町 すぎた」の杉田 孝明氏は名声を勝ち得た今でも、炊飯は自ら行っている(氏の鮨店は日本で有名なグルメサイト・食べログの全国および全ジャンルで1位を獲得している「日本一の飲食店」だ)。鮨は「握る」のが一番大切で、「炊飯」など下っ端がやることだと思っている消費者もいるかもしれないが、それは断じて違うのだ。鮨店において、神は米に宿る

お米の炊飯はモダンガストロノミーの先進的な調理法と比べると格段に地味だ。しかし、炊飯はモダンガストロノミーに匹敵する高度な調理法であるのは間違いない。なぜなら、あらゆる調理法は素材を美味しくするためにある。面白くするため、美しくするためではない。面白さ、美しさとは美味しさの副産物である。それらを目的化すると美味しさを失ってしまうことは、幾つかのイノベーティブレストランで身を以て実感した。また、炊飯は季節によって調整しなければならない調理法だ。気温と水温によって条件が変わり、お米の生育状態も収穫年の天候によって左右される。自然と向き合う点が実に日本料理らしいと思わないだろうか?要は、科学的、経験的なアプローチを組み合わせて高度な味を実現するのが炊飯なのだ。


これにてチャプター4の導入記事を終える。次の記事では、シャリで重要な「お米」と「お酢」について、見て行こう。

今後の目次構成

今後については、以下のとおり執筆していく予定です。

  1. スシの歴史

  2. スシの仕事と種類:江戸前寿司(握り鮓)、関西鮓などなど

  3. スシの用語: 鮨店を100%楽しむための重要用語集

  4. 鮨の生命線:シャリ、酢飯、鮨飯について

  5. 鮨種(タネ、ネタ)についてのマニアックすぎるガイド

  6. 鮨職人の技:包丁や鮨職人の道具について

  7. 日本が誇る魚文化: 築地から豊洲市場、そして各地へ

  8. 必訪の鮨レストラン: 東京から札幌、福岡、その他の地域まで

  9. 郷土寿司の世界: 日本の多様な寿司文化を探る

  10. 鮨と日本酒のペアリング

  11. 鮨の作法とテーブルマナー

  12. 家庭で美味しいスシを作るための必需品

  13. ポップカルチャーの中のスシ: マンガと映画

  14. スシの健康と持続可能性

  15. まとめ:スシの未来

なお、こちらがサブスタックの英語版記事になります。

それでは、今後ともよろしくお願いします!
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