【小説】勝ち組行きのバス(1654文字)
とあるバスに乗って終点まで行くと勝ち組になれると言われる噂のバスがあった。
そのバスに終点まで乗っていた人は、ステップを踏むことなくストレートに色んな分野で人生の成功者となると言われている。
いわゆる勝ち組というやつだ。自分も少し興味があり、気になったので試しにそのバスに乗ってみることにした。
ガヤガヤガヤガヤ…
バスに乗ってみるとバスの車内がパンパンになるぐらいに人が乗っていた。まさにぎゅうぎゅう詰めと言った感じだ。
あとバスに乗っている人のほとんどが、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていて、とにかく気持ちが悪かった印象だ。
自分はこのバスには乗っていられないと思い、次のバス停で降りることとなった。後日、勝ち組になれるというバスがどうなったのか気になり、バスの終点まで乗っていたという人にたまたま運良く話を聞けることになった。
「あなたが話を聞きたいという人ですか。」
彼はケンさんと言い、勝ち組行きのバスで終点に辿り着いてからというもの、ビジネスが都合良くトントン拍子で上手くいき億万長者になったという。
ケンさんは、会った瞬間から他の人とは明らかに何かが違うなというオーラを放っていたのを自分は感じ取った。
「さて、聞きたいことがあれば私は何でもお答えしますよ」
「じゃあさっそく、バスにたくさんの人が乗っていましたが、終点に辿り着いたのは何人ぐらいですか?」
このあと、思いもよらない答えが返ってきた。
「終点まで乗っていたのはたった1人、私だけですよ」
これには自分も驚いた。最初はバスの車内がぎゅうぎゅう詰め状態になるぐらいたくさん人が乗っていたのにも関わらず、最終地点までにはケンさん以外誰も残らなかったというのだ。
「どうしてケンさん以外の人は勝ち組になれるチャンスのあったバスを降りてしまったんでしょうか?」
当然ここは気になるところだった。
「私が思うにあのバスは、乗っている人の本質を試しているんですよ。あのバスに乗っていると頭の中に自分の嫌な映像などが入ってきます。最初の方はみんな勝ち組になれると笑顔だったのに、終点へと近づくに連れてどんどん恐怖で顔が歪み、バスを降りて行きました。あのバスでは、成功者にそぐわない人は迫り来る恐怖やプレッシャーに耐えられなくなり、バスを降りざるを得ないんですよ」
なるほど、これで自分がケンさんから感じた他の人とは違うオーラを放っていたという点に説明が付くなと思った。
「でも無理矢理にでも這いつくばって最後まで乗っていれば、他の人も勝ち組になれたのでは?」
私はそこのところが疑問だった。
「もちろん無理矢理にでも勝ち組になろうとして乗っていた人もいましたよ。でもそういう人達は途中で泡を吹いて倒れたり、原因不明の重度な精神疾患にかかり普通の社会生活にすら復帰出来なくなったであろう人もいました。なかにはバスの車内でいきなり自殺をしようとする人まで現れましたね」
この話を聞いて自分はゾッとしてしまった。
「もし今の話を乗る前に知っていたら乗りましたか?」
「自分がもしその情報を知っていて、あのバスに乗るかと聞かれたら、はい乗れますとはとてもじゃないが言い切ることは出来ない。終点まで行ければ人生がストレートに上手くいくといえば聞こえは良いですが、そこには当然それなりのリスクも含まれているんですよ。もし自分の心に反してバスに乗ると、心が壊れてまともに生活も出来なくなる可能性もあるというリスクも抱えているのです。私は心が壊れていった人を実際に何人も見てきた訳ですから。自分はたまたま運が良かっただけです」
こうして勝ち組になったケンさんの話は終わった。
自分は初期の方で勝ち組行きのバスから脱落していたが、もし無理矢理にでも成功者になろうとして終点に行こうとしていたら、心が壊れて普通の社会生活を送れていなかったかもしれない。
世の中何事にも良い話には、それなりのリスクも付きまとうということなのかもしれない。まさにメリットとデメリットは表裏一体の関係だ。
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