穏やかに。 穏やかに…

『ママ〜、今日はお姉さんいるよ〜!!』
見慣れた女の子が、カウンターに手を付いてぴょんぴょん跳ねながら、ママに知らせている。
小2の女の子。常連ママさんの娘ちゃん。
ショートカットで、くりくりっとした目が際立つとっても可愛い女の子。
『こんにちは〜!夏休みの宿題は終わった?』
『まだぁ』
『そっかそっか、じゃあ頑張らないとね〜』
スクラッチを1枚、女の子が選んでママが買った。
トレーにスクラッチを乗せて、窓口からスーッと出す。女の子が手に取ろうとした瞬間に、私がサッとトレーを引っ込める。
女の子はキャッキャと笑う。
『バイバ〜イ』『バイバ〜イ』
和むわ〜!!!

《暑さは人を苛々させる。神様仏様警備員様》
寒くて苛々するー!とはならない。
と、私は思っている。
今日もギラギラ太陽。
私のすぐ目の前には50代位の女性。
後ろには20代位の女性、その後ろに70代位の男性が並んでいるのはチェックした。
目の前の女性のお会計を済まして、お金を閉まって次の女性に目を向けようとした、瞬間!!
『なんで触るのよ!!』いきなりの怒声。
(なに?なに?なに?)
『なんで触ったのか?って聞いてんの!ありえないんだけど!』
70代位男性が
『あんたの番なのに動かないからだよ!!』
『だからって触らないでよ!警察呼びますよ!』
『あー、呼べよ!!さっさと呼べよ!ボケっとしてるからだろっ』
穏やかでない模様。
そっと、警備員さんを呼ぶボタンを押した。

郊外でもなく、住宅街でもない街中のビルの隅にある箱。
何かあれば、ビルの警備員さんを呼べるようになっている。
すぐに警備員さんが来てくれた。
20代女性の番になったとき、スマホを触っていた女性がすぐに動かなかったのを、70代男性が指で女性を突いて促したらしい。

『だからって、触らないで下さい!』
『ボーッとしてんなよ!』
『だから触るなって、口で言いなよ!』

(暑さのせい。きっとこれは暑さのせい。だけどね、おじちゃん、今のご時世、Z世代にタッチはダメなのよ。Z世代じゃなくてもダメかぁ、昔とは違うのよ…)

程なくして、2名の警官がやって来た。
警官の1人が私に尋ねる。

『すみません、他のお客さんがいたので、女性が触られたのは見ていないんです』正直に答えた。
警備員さんと女性と男性と警察官はどこかに行ってしまった。

《狂気は目に表れる。神様仏様警備員様》
バカでかい声が私の耳に入ってきた。
『おぅ、おぅ、そーなんだよ、まったくよぉ、自転車がないんだよ』
スマホを耳に当てて、がなり立てているじいちゃんが目に入った。
上下アンダーアーマー。上はブカブカのタンクトップ、下はピタピタのショーツ。
真っ黒に日焼けしていて、膝と腰が曲がっているじいちゃん。
(じいちゃん、失礼だけど、運動できるようには見えないよ…ファッションか?)
じいちゃんは、ウロウロしながら、誰かれ構わずに、自分の自転車を知らないか?と声を掛けている。
大抵の人は無視していたが、通りがかった小学生2人組の女の子が立ち止まって、じいちゃんの訴えに耳を傾けた。
(無垢な小学生が、あーぁ…)
すぐにじいちゃんの狂気を帯びた目に気づいたのだろう。
2人は手を取り合って走って行ってしまった。
(来るなよー、こっちに来るなよー!)
願いは虚しく…
『おい!!ねーーちゃん!俺の自転車知らねーか?』
(やっぱ来たかー)
『知りません』
狂気を帯びた目のじいちゃんは
『俺が停めた自転車がねーんだよ!おかしくねーか?なぁ?なぁ?…』
私はまた、警備員さんを呼ぶボタンを押した。
警備員さん、なんてあなたは心強いのかしら。
感謝しかない。

帰るとき、警備員さんに『酔っ払いだったんですか?』と聞いてみた。
『いやぁ、酔ってるわけではなかったみたいですよ!暑さのせいですかね〜』警備員さんが苦笑いでそう言った。
『暑いですからね〜』
『ほんとに、今年はやけに暑いですから』
暑さは人を苛々させる。
穏やかに過ごせますように…


この記事が参加している募集

スキしてみて

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?