静寂の中の担任発表とタバスコ入りクッキー
高校3年生の担任のI先生の話。
4月、クラス替えととともに担任の発表も楽しみと不安が入り混じる始業式。
担任発表になり、次々とクラスの担任が発表され、どのクラスでも多少なりとも大袈裟な反応が体育館の中に響く。
さぁ私たちのクラスの担任は誰なんだ?
3年4組の担任はI先生です
それまでガヤガヤしていた空間と同じとは思えない静寂が体育館を包む。
そして3年4組の私たちの心の声が目に見えるようだった。
「終わった」
1学期の始業式、高校生活ラストの学年、始まりとともに終わったのだ。
I先生は前年度から異動してきたのだが、そのときも衝撃的な出会いを同級生240人がしたのだった。
昨年は奇跡的に別のクラスの担任になったのだが。
とにかく風貌がカタギの方とは思えない。
そしてその見た目に勝るほどの厳しさ。
冗談など聞いた人は存在しない、もちろん笑顔などもっての外。人生で笑ったことあるのか疑問に思うような人なのだ。
その人が高校3年の担任になった。
高校3年生。大学受験をする学年が4組の生徒の静寂とともに始まった。
噂では聞いていたんだ。
例えば掃除時間のこと。
教室の掃除はまず整列して挨拶から始まる。
そして、必ず雑巾を使って膝をついて床を拭く。女子はスカートでは膝をついての掃除はやりづらいため、気づけば体操服で掃除するのがあたりまえになっていた。
2年生まではモップを使っていたし、掃除で整列して挨拶なんてしたことなかった。
受刑者じゃん、と去年他人事として見ていた光景に自分が参加しているのだ。
また、毎日の終礼では、全員が買うように言われた手帳を開き、先生の話を聞くようになった。そして、全員が腕時計をしているのも先生の指示だった。
男子も全員が手帳を持ち、腕時計を身につけた。高校生男子が。
怖すぎて反抗できないのだ。
試しに令和の高校生に、自分のスケジュールをどうやって管理しているのかを聞いてみたことがあるのだが、「自分の頭の中で管理している」と返答があった。つまり、手帳なんて持っていなければ、スケジュールアプリすら使っていないらしい。それが男子高校生。
あ、ちなみに言っておくが私は教育関係の仕事をしていたため男子高校生と話す機会があったわけで、そこら辺を歩いている知らない高校生に声を掛ける不審者ではない。
教室の中ではI先生がいるときの緊張といないときの緩和の繰り返しが変わることなく、1年間過ごした。
1度だけ、どうしてもI先生を笑わせたいと思い、友人と命をかけたいたずらをしたことがあった。
それは、遠足の日だった。
前日に私と友人含め3人でタバスコ入りの激辛クッキーを作って、先生たちに配ろうという作戦を立てた。
致死量に近いタバスコを入れた。当時はタバスコが一般的に一番辛いものだったが、今だったらもっと辛い調味料が簡単に入手できるため、現代じゃなくて命拾いをした先生たちがたくさんいるはずだ。
遠足当日、いきなりI先生にそのクッキーを食べてもらう勇気は当然なかった私達3人は、最後にI先生に近づいてタバスコ入りクッキーを渡した。ちなみにタバスコの効果は抜群なようで、色んな先生に恨まれた。
さあ、I先生いざ実食。
片足は脱走できるように、重心を逃げる方向へ。
「ん?なんかこれ辛くねえか?」
やばい、逃げろ!!と脱兎のごとく逃げようとしたときに
「お前らはまったくもう(ニコリ)」
…おや?I先生が笑っている?
確実にニコリをいただきました!!!
命がけのいたずら大成功しました。
もう、15年も前の話。でも高校3年生の1年間で社会人になるために必要なことを学べたんじゃないかな。
今思えば他の先生は毎日一緒に掃除をするなんてしてくれなかったような気がするし、雑巾を使った掃除が抵抗なくできる大人になれました。
手帳や腕時計を持つ習慣をつけていただいたことで自己管理や時間管理のできる大人になれた気がします。
とても厳しい先生だったからこそ、社会の厳しさにも順応できるようになりました。
始業式の静寂の中、「終わった」と思った同級生たちはどうだろう。I先生に感謝しているのは私だけではないはず。
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