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山の神様に会いに行く            大丈夫と美富豊(ますらをとみほと)  第二話

みとぎやの小説・ひとまず連載開始

あの日、美富豊は、あの男に、助けられたのだと思った。

その実、その日に同行した他の巫女は、獣たちの中に、人がいたことを、記憶していた者はいなかった。

「あの人を見たのは、私だけだったのかしら・・・」

「その魚と桃は、山奥でしか獲れないものだ。到底、里の人間が獲れるものではない」
「よく、持ち帰ったな」

それは、私が獲ってきたのではないのだけれど・・・

「普段から、よく務めている、美富豊を、山の神様が、獣から護り、里まで、土産付きで帰してくれたのじゃ」
「足の傷があったが、それも、半分は治してくれたらしい」
「さすが、美富豊さまじゃな」

以来、そのように、美富豊は、優れた巫女として、里の人間に崇められた。その理屈を良いことに、あの日に同行した、他の巫女たちは、怖い思いをしているので、皆、供物を捧げに行くのを嫌がった。

「美富豊さまなら、大丈夫ですわ」

そう言われて、美富豊は、ふと、思い出した。
あの男が首から下げていた、木札の文字に書いてあったのは、それこそ、その言葉「大丈夫」だった。
あれは、何だろうか?お札なのか、まじないなのか?

美富豊は、また、思い返した。

やっぱり、そう。
あの人が、獣に食べられないように助けてくれたんだ。
あの時は、私も混乱していて、あの人が、獣の化身で、きっと、食べられると思っていたが、そんな筈はない。
人が人を食べるなんてこと、聞いたことがない。

美富豊は、その月の『山の神』への供物を捧げる日、一人で、あの場に行くこととなった。
怖いとも思ったが、不思議と、行かねばならないとも思っていた。
そして、もしも、また、あの人に会ったら、命拾いしたお礼を言わねばならない、とも思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつものように、籠に沢山の野菜と、雑穀の餅などを入れて、背負った。
ゆっくりと歩き、山道を行く。動物たちの息遣いを感じた。
やはり、少し怖い。
でも、不思議と、きっと、大丈夫だと、美富豊は思っていた。

「はあ、ついたぁ」

 美富豊は、籠から、包みを出し、いつものように、供物を並べた。そして、一礼すると、昔から伝わる、舞いをしながら、うたいをした。

『・・・さ蕨の、温もりの・・・緑に舞い、息作り・・・いかづちの轟にも、惹き上がり・・・渦巻く焔に・・・氷解の果てに・・酔い乱れつも、ししまい・・・』

 すると、傍の木から、何かが飛び降りた。

「ああっ、貴方は、あの時の・・・」

すっと、近寄ってきた。
しかし、美富豊は、顔を隠して、後退った。
やはり、そうだ。彼は、何も纏っていない。
慌てて、後ろを向く。それを追うように、彼は近寄ってくる。

「あ、あの、だめ、そんな、何か、着てください」

首を捻る仕草をしながら、また、近づいてくる。

「えっと、ああ、そう・・・」

慌てて、肩から撒いていた、領巾ひれを、その男の腰に、ぐるりと巻いた。
不思議そうな顔をしている。

「えーと・・・衣はないのですか?・・・裸では怪我をするし、隠さなければ・・・あの、これ、あげますから、使ってください」

すると、男は、木々の中に消えた。
ホッと、美富豊が一息ついていると、また、桃を抱えてやってきた。
籠の中に、それを入れる。

「あ、ああ、なんか、また、いいのですか?」

毛むくじゃらの奥に、瞳が輝いている。
この時、初めて、男の顔を、美富豊は見た気がした。
その目が瞬きをし、笑ったように見えた。そして、頷いたようにも。

「・・・あ、あの、その胸の札・・・」

ついぞ、聞いてみたくなった。

「大丈夫(だいじょうぶ)って書いてありますね」
「?」
「そう、それ」

男は、札を見て、首を傾げた。

「何が、大丈夫なのかな・・・ああ、きっと、貴方は、大丈夫な人ってことかな?」

変なことを言っていると、美富豊は、自ら思った。
すると、小さな子犬のような声がした。

「え?」

キューンという声。
どこかにまた、狼の子でもいるのかと警戒したが、見当たらない。

「ます・・らを・・」

その音の後に、その男が何か言った。ああ、彼が、喉を鳴らしたのだ。

「え?」

毛むくじゃらで解らなかったが、その声から、彼が若いことが解った。
なんとなく、山知やましる眞白ましろの声に似ていると感じた。

「もう一度、言ってみて、何かしら?」
「・・・ます・・らを」
「ますらお?」

どこかで聞いたことがある言葉だ。
彼は頷いた。また、目が光った気がした。

「ひょっとして、貴方の名前?ますらおって?」

頷いた。

「そうなのね。ますらおっていうの?私は、美富豊。里の神官家の巫女です。あの、こないだは、助けてくれて、ありがとう。私、てっきり、狼の餌になるのだと思っていたから・・・」

首を振る。穏やかな感じだ。
風貌はこんなだけど、優しい人だ。
美富豊はそう思った。

「お供物、ひょっとして、食べているの?」

申し訳なさそうに頷いた。

「じゃあ、ますらおは、山の神様ね」

首をまた、捻った。

「解ったわ。今度から、月に一度とは言わず、もっと、持ってくるから」

嬉しそうにしているのが解った。
また、キューンと喉が鳴っている。まるで、犬のようだ。

「子犬みたいな声出すのね。だから、狼とも友達なの?話ができるとか?」

その時、里の方角から、馬の蹄の音がした。
すると、大丈夫ますらをは、慌てて、木々の中に消えていった。
供物はそのままで、籠の中に、桃を三つ入れてくれたままだった。

やってきたのは、眞白だった。

「酷いものだ。皆、怖がって、美富豊を一人で寄越して。心配になって、追ってきたのだ」
「ううん、大丈夫よ、山の神様が、護ってくださるのだから」
「無事で、何よりだ」
「山知の畑が豊作になりますように、お祈りしていたの、そしたら、桃を、また、頂いたの」
「あ、本当だ・・・しかし、そんなこと、あるのか?」
「謡をしていたら、気づいたら、入っていて、きっと、お供物のお礼ね」
「うーん・・・まあ、無事で良かった、帰りは、馬で、俺の後ろに乗って戻るぞ」
「ありがとう」

 帰り道、遠吠えが聞こえた。少し寂しそうな。

・・・あれ、きっと、彼かもしれない・・・。
ああ、今度は、やいばを持っていこう。
彼の伸び放題の髭を、剃って差し上げよう。

眞白の整えられた、綺麗な髪と顔を見て、美富豊はそう思った。


みとぎやの小説・連載開始
「大丈夫と美富豊」第二話
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