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萩くんのお仕事・思い出編「椿」

 ご無沙汰しております。
 しゅうくん、お待たせしまくっていますが、ファンの方で、本日、お誕生日の方がいらっしゃることが判明しました😲✨ということで、本日、お誕生日特別バージョンでお送りします!連載本編は、まだなのですが、今回は、萩くんの子どもから中学生ぐらいまでのエピソードです。一編としては、ちょっと、長めのお話となっています。ちょっと、いつもとは、テイストが違いますが、どうぞ、お楽しみください💖✨

🍀

 あれは、いつだったか、夏休み。

 同じ苗字の親戚で、東都の御屋敷街に住む、伯父の家に行っていた。夏休みといえば、そこだった。大きな図書館に、宿題を持って行ってやったり、それが、ある程度終わると、伯父さんと伯母さんが、大きな行楽地(ランドマーク)へ連れて行ってくれた。遊園地や、プールに、快適な大きな車で、運んでくれた。自分の住んでる田舎では、売っていないような、パフェのようなアイスや、綺麗な色の炭酸のジュースが、車の中でも、出して貰えた。俺は、小さい頃から、よく食べる方で、それが楽しみだった。ランサムの御菓子も、車の中に、いつも用意されていた。天国みたいな環境が、羨ましかった。伯父夫妻は、ファッション関係の仕事で、特に、伯父は、ランサムに出張することが多かった。だから、ランサムの土産が多い。

「もう、いいよ。食べられない」
「アイスが欲しいって、言ったのは、椿よ」
「大きすぎるから」
「何、見てみろ、小さいのに、萩の方が、何でも食べるぞ」
「萩は、食いしん坊だから」

 椿は、そういうと、俺の前に、色鮮やかな、食べかけのアイスを差し出した。行楽地で話題のパフェのようなサイズだった。俺は、とっくに、自分の分は、食べ終わっていた。

「いいの?」
「うん、食べて、・・・早く、融けちゃうから」

「食べられるの?萩ちゃん?」
「腹壊さないだろ、萩なら」
「・・・チョコと、苺のと、迷ってたから、・・・ありがとう」

 従姉の椿は、四歳年上で、俺たちは、それぞれ、一人っ子だったので、夏休みは、こうやって、どっちかの家にいることが多かった。もう少し前だったら、椿が家に来て、近所の農家の、友達の悠紀夫の畑で、野菜を採ったり、虫採りをしたりして、遊ばせて貰っていたが、俺が小学生になると、こちらから、東都に行く方が多くなった。

 椿は、東都の緑聖学園という、私学の学校に通っていた。部屋に緑色の制服があった。来年は、同じ感じでも、「中等部の鶯」になると言っていた。

「可愛いって、人気の制服の学校なんだよ」

 緑聖は、女子校の中では、桜耀と並んで、才媛の行く学校だ、と聞いていた。要は、頭が良い女の子の行く学校らしい。

 その翌年、俺が、小学三年生の夏休み。伯父さんが、俺たち二人を、近くのプールに連れて行ってくれた。

「お母さん、行かなくても、へーき。うふふ、こっち、着るの、内緒だよ」
「?」
「準備できたかー、行くぞ、椿、萩」
「はあい・・・見ても、言わないでね。お父さんは、内緒にしてね、それで、褒めてくれるから、大丈夫なんだけど」

 何のことだろう?ピンと来なかった。プールは去年も来てるし、俺は、今年、50メートル、泳げるようになっていた。当時、流行っていた、スイミングスクールには通ってなかったが、学校の授業で、進級試験があり、やってみたら、できてしまった。スクールの子みたいだと、先生にも褒められた。

「えー、そんなに泳げるの?」
「うん、受かったんだ、黒線もらったよ、ほら」

 スイムバックの中から、学校の水泳帽を出して見せた。

「それ、つけるの?だったら、お父さんみたいな、ゴーグルとスイムキャップの方が、かっこいいよ」
「何?・・・ああ、凄いなあ、萩は、水泳選手になるのか?いいぞ。その時は、スポンサーになってやる」
「あはは、羽奈賀はねなが選手だ」
「そしたら、自慢だな」

 言われても、全く、そんな気にはならなかった。それよりも、その時は、椿の言っていた「内緒」が気になっていた。

「あ・・・」
「来たぞ、お姫様が」

 伯父さんとプールサイドに出て行くと、椿は、綺麗な紺色で、ピンクの縁取りの水着を着てきた。髪の毛を、二つに耳の横で、おだんごにしていた。それも、来た時と違っていた。このことだったのかな・・・これって、そんなに「内緒」なのかな?

「うーん、可愛いな。さすが、俺の娘だ」

 こういうことを、人前で言えるのは、ランサムの人っぽいと、その時、俺は、既に、思っていた。

「ちょっと、大人っぽかったかな?でも、もう、充分、似合うなあ」
「うふふ、お母さんと、どっちが綺麗?」
「お母さんが着るのは、また、違うやつだ」

 伯父さん、なんか、ニヤニヤしてた。このくらいになると、何か、ちょっとだけ、解る。うちの親と違って、やっぱり、ランサムっぽいんだ。伯父さんは、家の人でも、女の人を褒めている。

「もう、何年かしたら、共用できそうだな」
「えー、でも、もう、着ないんでしょ。お母さんは、椿の着たいやつ」
「まだ、現役復帰、可能なんだけどなあ・・・」

 そうだった。伯母さん、椿のお母さんは、モデルだったんだ。この当時でも、たまに、ランサムに仕事で呼ばれていたそうだ。要は、伯父さんは、綺麗な伯母さんと、椿を自慢したいのだろうな。

 その後は、沢山、泳いだり、椿とは、小さい頃からしている、潜りっこもした。伯父さんは、いっぱい、身体を使って、水の中で、俺のことを振り回して、遊んでくれた。楽しかった。

🍀🍀

「ただいま・・・あれ・・・?ああ、買い物に、行ってるらしい・・・夜は、庭で、バーベキューらしいぞ・・・よおし、さて、準備するかな・・・」

 テーブルの上に、メモがあった。伯母さんが書き置いたものを見て、伯父さんは、そわそわし出した。

「今度は、奥様サービスだな」

 本当に、思ってることを、全部言うんだ。ランサムのドラマみたいだな。うちとは、全然、違う。嬉しそうに動いている。本当に、伯父さんは、伯母さんが大好きなんだな、と俺は思った。

 伯父さんは、俺の親爺の兄に当たる。親爺は、同じ羽奈賀系列でも、服飾関係とは遠い部門で働いている。わざと、そうしたんだ、とも言っていたっけ?わざと、東都より、北、首都圏だけど、田舎暮らしを選んだとも聞いていた。身体つきは似てるけど、着てる服も違うし、うちの親爺は、目が悪いから、眼鏡をかけている。背が高い一族だから、俺も、齢の割に体格がいいとか、まあ、よく食う所為だとも、この頃は言われていた。泳げるのも、イメージ通りみたいだったのかもしれないけど・・・。

「できるな、それ、水着、洗濯するから始末して・・・ついでに、風呂入ってこい」

 毎年のことで、去年までは、伯父さんと椿と、三人で、そうしてたんだけど・・・。

「物置から、器具出すから、俺は、肉の下ごしらえしてから、浴びるから、・・・おーい、聞いてるか?・・・椿、萩とやってくれ」

「はぁい・・・いこ、萩」
「あ、うん・・・」

🍀🍀🍀

 はっきり言う。今、思えば、ギリギリだった。本当に、ギリギリで。その次の年は、もう、なかったから、ホッとしてたんだ。内心、子ども心に。

 いつも通り、スイムバックの中身を、風呂の洗い場においた、たらいの中に、それぞれ、投げ込んだ。椿は、無遠慮に、毎年のことをしているが、俺は、自分のバックの中身を投げ込むと、そこから、手を引いた。

「え?どうしたの?やってよ。一緒に洗うんだから」

「うん」
「今年は、お父さんいないけど、もう、できるよね」
「うん・・・」

 俺の目が泳いでいるのに、椿は気づいた。

「ああ、これ。先にやっちゃうから・・・はい、もう、ないから」

「うん」

 俺は、向き直って、自分の脱いだものをゆすいで、絞り、隣の籠に入れた。

「こうすると、カルキの臭いが、早く抜けるもんね」
「伯父さんのは、いいのかな?」
「ああ、やったら、褒められそうだけど、多分、まだ、リルリモの中だよ」

 伯父さんがリルリモを運転するのが、カッコいいと思っていたから、俺も、そうしたんだよな。「クルマは、ランサム製より、東国製の方が上だ」って、言ってた。

 車のことは、思い出しついでだけど・・・、まあ、本当は、椿が変わったなと思ったのは、プールサイドに出てきた時だった。で、水着は、そういうものだから、脱いだものを見ても、大丈夫だったが、一緒に出てきた、それには、反射的に、手を引いてしまった。女の子専用の、それがあったから。

 そうだった。椿は、従姉の「お姉さん」だった。
 それだけじゃない。この後、風呂入れって、言われてる。去年までは、伯父さんと一緒にシャワー浴びてたから、あっと言う間で、どうってことは、なかったけど。

 
 思っているうちに、今度は、椿は、ワンピースを脱ぎ始めた。ああ、どうしよ・・・、

「ただいまー、帰ってたのね、二人は?」
「風呂―」
「あ、そう、・・・ふーん、椿、ちゃんと、萩君、見てあげてね」
「はいはーい」

 もう、俺は、小さな子ではなかったんだが。一人で、風呂にも入れる。

「大丈夫、かな?椿?」
「何?」
「だいじょぶ、そうね。・・・来年は無理かな」

 あ、伯母さん、解ってるみたいだ・・・目が合った。苦笑いしながら。

「いい、入っちゃって」

 手で、合図された。その後のことは、あんまり、覚えてない。

「できるよね、もう、萩」
「うん」

 シャワーを交替で使って、急いで、身体を洗ってた。

「背中、こすれる?」
「うん、いいよ、だいじょぶだから」

 逃げるようにして、先に、風呂場を出た。終始、椿を見ないようにしていた。
 伯母さんが、バスタオルを持って、待ち構えていた。なんか、ものすごい、ギャップを、その時、感じた。

🍀🍀🍀🍀


 親戚が亡くなった。葬儀に呼ばれたのは、丁度、中学を卒業した春休みだった。

 社葬という形が取られていたので、一族は、纏めて集められていた。都内の一族経営系列のメモリアルパークと言われる所で、盛大に行われていた。要は、俺も会ったことのない、一族の偉い人、羽奈賀の創業者という方らしい。親爺から見ても、遠い上位の親戚で、その実、仕事の関係で、一度ぐらいしか、面識がないそうだ。

 お清めというには広すぎる、立食のその会場で、慣れた感じの口調で声を掛けられた。

「萩・・・なの?」

 振り返ると、すぐ、解った。椿だった。俺は、既に、椿を見降ろしていた。ニコニコと、近づいてくる感じは、小学生の時の、その感じと似ていた。俺は、青光中央という、地元の高校の新品の制服をお仕着せされていた。中学の学ランは、もう、着古して擦り切れていたから、仕方ない。

「あー、いいとこ、行ったんだあ。男子校?だったよね、ここ」

 そういう椿は、制服ではない喪服姿で、黒いワンピースに、上着を着ていた。そうだ、もう、大学生だったから・・・。

「ね、ちょっと、出ない?もう、三々五々らしいよ」

 椿は、俺の両親に頭を下げた。

「椿ちゃん、ご無沙汰ね。まあ、綺麗になって」
「桜さんに似てきたね」
「ちょっと、庭園、散策してきていいですか?・・・萩君と一緒に」

 萩君、だって・・・、愛想いいんだな。なんか、大人に上手い、というか。そんな感じは、昔と同じだ。両親は、何の事はなく、頷いた。

「いこ、萩」
「あ、・・・うん」
「あ、声、低い」
「・・・普通、そうじゃない?」

 夏休み、色んな所へ連れて行ってもらった時と、同じような感じを思い出した。

「それに、背伸びたね。やっぱし」
「まあ」
「羽奈賀の人って、大柄だよね」
「みたいだね」
「亡くなった方も、背高い人だったみたいね・・・元気そうね。あれから、私、緑聖の寮に入っちゃって、今も、大学の女子寮なんだけど、今日は、一時帰宅したんだ」
「そうなんだ」
「夏休みもね、ランサムに行ってたしね。サマースクール」
「へえ」

 知らない世界で、過ごしてるんだな。俺は、相変わらず、田舎で、小さい時から、仲の良い、悠紀夫とつるんでるんだけど。

「ね、彼女、できた?」
「え?・・・あ?」
「良い声して、とぼけないでよ」

 唐突だ。伯父さんの感じを思い出した。何でも、思ったこと、すぐ言うんだ。やっぱり。

「ねえ?・・・萩、やっぱ、思った通り、カッコよくなったねえ。髪型、校則、厳しくなかったんだ。それ、似合うし・・・声もいいかも・・・」

 今の髪型の感じの元、というか、面倒臭いから、そのまま、段の入った感じで、後ろ髪が伸びがちなやつだった。高校の規則が、まだよく解らないが、あまり、行く所は厳しくないとは聞いていた。これは、意識したことがない。中学でも、部活は、運動部でもなかったし。声のことは、・・・この頃から、言われ始めてはいたが・・・。

「で?」
「あ、・・・いないよ、そんなの」
「ふーん、嘘、告白ぐらい、されてるでしょ?」
「えーと・・・」

 まあ、そんな感じだったか。

「うん、まあ、あったけど、別に、なんも・・・」

 クスクスと笑い出した。

「わかるー、そんな感じするよ、萩なら」

 その後、その庭園を、どこに行くわけでもなく、歩き回った。
 綺麗に手入れされている庭は、どこも剪定が行き届いている感じだった。控え目だが、前栽に花が植えられている。自然な所は、一つもないのが、却って、そういう所なのかな、と思わせる。奥に霊園があるらしい。

「ここ、夜、怖そう・・・あ、自販機ある。なんか、飲まない?」

 すると、少し、急ぎ足になった。後を追った。これも、夏休みの頃のようだ。

「何がいい?」
「ああ、自分で買うよ」
「じゃあ、奢って」
「あ、うん、いいけど・・・」
「苺ミルク」
「ああ、これ?・・・甘そうだな・・・」
「萩だって、甘いの、好きでしょう?大きなパフェアイス、2つ食べるぐらい」
「あー、今は、そんなでもないかな」
「ねえ、萩、・・・大人になったら、お酒飲もうね。私さ、秋から、ランサム大、行くんだ」
「・・・そうなんだ、へえ・・・」

 お母さんの後を継いで、モデルになるような話、両親が言ってたような・・・。

「あんまり、会えなくなりそうだけど、帰って来たら、会いに来るね。お酒、飲めるようにね」
「うん」

 何の気なしに、返事した。先の事など、全く考えずに。

「・・・素直だね。相変わらず」
「・・・そかな?」
「そうだよ。ねえ、さっき、食べてなかったね」
「そういう場じゃないみたいだし」
「ご飯いこうか?お腹空いちゃったんだけど、親には、LINEしとけばいいんじゃない?」
「行くって?どこに?」
「ラーメンとか、ファーストフード?・・・ああ、ハニプラがいいな」
「いいけど、じゃあ、・・・」

 俺は、面倒臭いので、直接、親に電話した。

「快諾。いいって。そのまま、自由帰宅でいいって」
「やっぱ、良い子なんだねえ」
「普通だけど、いつも、こんな感じで・・・」

🍀🍀🍀🍀🍀

 隣接の奥名城おくなぎヒルズに、二人で移動した。学生服なのが、気になった。春休み中だから、同世代の子たちが、私服で遊びに来ている中、不自然で浮いてる感じがした。

「そういえば、萩、もう、泳いでないの?」
「え?ああ、もう、全然。あれは、まぐれ当りだったから。今、多分、小学生の頃より、泳げないと思う」
「えー、やったら、できるんじゃないの?水泳部、入らなかったの?」
「うん」
「何部?」
「うーん、案外、帰宅部」
「嘘ぉ、なんか、絶対やると思ってたから」

 なんか、よく言われる。運動神経、良さそうとか。別に、普通ぐらいなんだが。

「高校も、そうするの?」
「解んないな、入ってみないと」
「ねえ、あの、農家の子も、そこ?青光?」
「違う、あいつは、県立の農業高校」
「あ、そうか、後継ぐんだね。偉いなあ」
「そう、偉いんだよ、悠紀夫ゆきおは」
「悠紀夫君だ、そうだった。悠紀夫君は、彼女いるの?」
「ああ、いないんじゃないかな?今は」
「今は、って、まさか、いたの?」
「まさかって、・・・まあ、いたかな。でも、高校進学を機に別れたみたいだね」
「そうなんだ・・・へえ、解んないもんねえ。萩がいないのに」
「え?それって、悠紀夫に悪くない?」
「ああ、そうなるか。ごめん、ごめん。あ、ハニプラ、あった、入ろ」
「うん」

 ハニプラで、それぞれ、バーガーのセットを頼んで、席についた。

「なんか、ちょっと、暑いね」

 この時に、この服の種類が、ツーピースっていうことを知った。

「脱ぐとさ、あんまり、メモリアルしなくなるでしょ」
「ああ、ほんとだ」
「ねえ、ジャケット、脱いで見せて、ベスト、着てるんだ、ネクタイ、似合う~」

 言われるまま、脱いだ。なんで、そんなに見るんだろうか、っていう感じで見てる。

 そのタイミングで、クスクスと、隣の席の方で、女子の笑う声がした。

「青光の子だあ、彼女、年上」
「あの子、見たことある。リリィに出てたよ」
「あ、そう、モデルの子」
「結構、イケてるカップルの感じ出して・・・目立つ黒なんか着て、やっぱ、モデルだから・・・」

 なんだ・・・こんな所で、知らない奴らに、いじられるのか。東都って、こういうとこが、あんまり、いけ好かない。・・・って、椿のことも、言われてるみたいだけど・・・

「隣、うっさいけど、気にしないでいいよ。あんなの」
「ああ、うん」
「食べよ」
「うん」

 見られてるな。いいのかな。気づくと、椿が、その隣の席の子をジッと見てから、ニコッとした。すると、その女子グループは、そそくさと席を片づけて、行ってしまった。

「あーあ、また、書かれそう。SNSに、悪口」
「・・・そんな感じなんだ」
「うん、早く、ランサムに行きたいなあ。向こうの子たちは、もう少し、大人っぽくて、あんまり、変な弄りとかしないんだよね。お酒飲んだりできるんだよ。ハイスクール出れば」
「そうなんだ。だから、お酒とか言ったのか」
「うーん・・・別に、お酒がいいとかじゃないんだけど・・・」

 なんか、あったのかな。言い淀んでる感じが、少し、椿らしくないなと思った。

「すごい、大人の人から、仕事のことで、引っ張られてるんだけどね・・・ちょっと、なんだか、怖いんだ」
「・・・?」
「お父さんの知り合いなんだけど、良い人なのは、解るんだけど」

「すごい」は、どこに、かかるのかな?

「ランサム人だから、もっと、背も高くて、なんか、テレビの中の人みたい。で、あれ、なんていうのかな、優しくて。でも、なんか、東国の人みたいには、こっちから、近づけないっていうかな。お父さんがいると、大丈夫なんだけどね」
「椿は、もう、仕事してるんだね」
「まあ、そうだけど・・・うん・・・少しずつね・・・」
「なんか、心配なの?」
「・・・ちょっとねえ。東国みたいに、うざいことは少ない。大人扱いして貰ってるのも、解る。でもね、慣れなくてね・・・萩と話したら、ホッとした。ああ、なんか、美味しいね。これさ、お醤油でも、入ってんのかな?向こうでも、食べるけど、なんか、味、和風なの?違うんだよね」
「醤油味ではないと思うけど・・・」
「今、どっちにいるのも、なんだか、中途半端でさあ・・・萩さあ、ランサム来ない?一緒にいてくれたら、安心するのに」
「え・・・、でも、俺、4月から、地元の高校だし」
「青光ね。名門だよねえ」
「椿程じゃないよ」
「やっぱ、羽奈賀一族って、頭いいんだ」
「さあね、たまたまかな・・・」

🍀🍀🍀🍀🍀🍀

 店を出た。自由解散だったから、メモリアルパークには、戻らなくても良かった。

「どっか、行きたいとこ、ある?」
「あー、特にはないけど・・・椿の家の傍って、あのままの感じなの?」
「ああ、市民プールとか?うん。今はやってない時期だけどね」
「そっかあ、懐かしいな」
「行ってみる?・・・っていうか、うちに来る?親たち、一族の付き合いがあるみたいだから、まだ、戻ってるか、解らないけど」

 クルマで移動していたからな。あの頃は。地下鉄を乗り継ぐと、赤鬼谷せきや駅で降りる。

「歩いてく?人多いけど、裏道、行ったことある?」

 今となっては、お世話になる・・・こともある、赤鬼谷から白鬼谷しらきやのゾーン。わざと、椿は、ここを通った。桜があちこちに咲きかけていた。

「ふふふ、知ってる・・・よね?・・・この辺りのこと」

 この時は、噂しか、知らなかった。暮れてくると、派手なネオンの数が増えてきた。

「うちって、この先の御屋敷街だよ」

 今となっては、良く知る、竜ヶ崎先生のお宅の近くだった。椿の邸宅も。

 制服、いるんだ。驚いた。あっちも、そんな風に見る。でも、あっちは、二人とも制服だ。きっと、二年か、三年で・・・。腕なんか、組んで、見え見えだ・・・。

「私だったら、制服で、こんなとこ、ウロウロしないけどね」

 椿は、わざと、そのカップルと擦れ違う寸前に、俺の腕に捕まるように歩き出した。ふふふん、と笑って。俺は、それを払うこともできずに、そのまま、進んでいく。

「実は、ヤバいんだよ。入学前に、青光の子、白亜のお城前にいるなんて」

 今なら、聞きしに勝る、そのランドマーク名。その時は、何の事だか、解らなかったのだが・・・。

「あははは・・・いこ、後少しで、家だから・・・」

 子どもの頃のように、手を引かれて、椿についていった。

 🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀

 懐かしい、椿の家の門扉をくぐった。

「やっぱ、帰ってないね。・・・今日、泊まれば?明日、学校もまだでしょ?」
「え、でも、急だから、・・・子どもの時じゃないし」
「えー?うちだったら、ご両親も心配しないでしょ?うちの親も帰ってくるし・・・一先ず、上がって」
「・・・お邪魔します・・・」
「そんな、変わってないでしょ?」
「ああ、ほんとだ」
「何年ぶり?」
「小学3年の時だから、8年ぐらいかな・・・」
「そっか、そりゃ、萩に見降ろされるようになるよねえ、あはは・・・部屋、来て」

 椿の部屋に通された。本当に、変わっていない。子どもの時、見たままだった。

「まあねえ、あのまま、殆ど、寮生活になっちゃったからね」

 なるほど。

「ベッドに座れば」
「・・・懐かしいな、俺は、普段、布団で寝てるから、ここに来ると、必ず、飛び跳ねてたな」

 確かに、昔、ここで、よく遊んだよな。隣に、椿が座った。何気に、横眼で見ると、お姉さんは、もっと、お姉さんになったってことだな、とか、少しよぎっていた。

「足長いね、萩、やっぱり、カッコいいし、安心する」
「・・・どうだか・・・」
「・・・ランサムのね、人って、よく言われるやつ、やっぱり、そうだった」

 何の事かな。それに、その前の「安心する」って、なんだ。

「こんな風にしていたら、もうね、恋人認識なんだって」

 ん?

「その人に、キスされたの・・・こんな感じの時・・・」

 え、そんなこと、なんで、俺に話すんだよ。

「ちょっと、ショックだったけど、その人、すごい、謝ってきて、それから、凄い、紳士的になってね・・・それも、怖いんだけど」
「うーん・・・」

 俺は、なんとなく、落ち着かなくなって、立ち上がった。

「あ、帰るの?・・・ごめん、変な話して」
「いいけど、俺に、そんな話、しても、・・・」
「ねえ、萩、・・・解んなくて、どうしたら、いいかな?」
「え?・・・何を?」
「その人と、付き合ってもいいと思う?」
「椿がいいなら、いいんじゃないか?」
「待ってよー、帰んないで・・・」

 本当に、俺、関係ない話で。少し、逃げたい感じもして。

 椿は、従姉で、多分だけど、もっと、会う機会があったら、ちょっと、そんな感じのポジションにいたかもしれないけど。今となっては、違うし。・・・とかも、過り始めた。

 その後、少しゴタゴタした。小さい時の追いかけっこじゃなかったけど。部屋を出るのを引き止められて・・・。なんか、距離が近い感じになって・・・。

 この頃くらいまでの俺は、まだ、目覚め前だったらしい。結果的には、椿に押し切られた。今だったら、なあ・・・。俺のファーストキスは、この時、奪われた。

 椿と名前の似た、俺の最愛の恋人は、この5年後に現れる。キスが上手いのは、悪いが、艶肌つやきの方だ。(・・・おじさん風なのか、ランサム風なのか、言ってやった)

 それまで、勘違いの果てで、モテる奴だと、周囲に思われ続けていた俺は、この間に、妄想好きになり、脚本家を目指し始めた。椿は、今や、ランサムのファッション界では、一目置かれるモデルになっている。結婚は早かった。プロデューサーのランサム人の彼は、愛妻家で有名と言われている。彼女の父親に、似てる感じもした。

 「ルックスの無駄遣い」とか、悠紀夫が笑う。そんな青春時代は、まだ、続いているような気がする・・・。いい男は、見かけだけじゃないだろうが。そんな悠紀夫だって、決める時は決めて、深雪みゆきさんと結婚して、北部で養蜂場をやっている。

🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀🍀

 まだまだ、俺には、そういうの、関係ない話なのか。
 お蔭さまで、妄想で食えるようになってしまった。
 今だって、なんか、商売上の人気はあるが、本来的には、そんなことない。いい歳して、思う様に、未だにできない。

 あー、腹減ったな・・・いい匂いだあ・・・♡

 ・・・今夜は、あれ、スキヤキだな。
 階段、駆け上がってきた・・・ああ、そんな、急がなくても、いいですよ。転ばないでくださいね・・・。

                        「椿」~おしまい~ 


みとぎやの小説・特別編 萩くんのお仕事・特別編「椿」

 お読み頂きまして、ありがとうございます。
 あの売れっ子脚本家の、羽奈賀萩の子ども時代のエピソードでした。
 羽奈賀一族って、実は、このお話の世界では、すごい世界的な商社なんです。他の話でも、羽奈賀・・・っていましたよね。つまりは、彼と、萩は遠縁の親戚となりますね。

 というのは、余談ですが、本編から、時系列が進んだ形での回想ということがわかりますね。萩の周りの人たちは、それぞれの道を歩み始めている頃です。

 実は、萩くんは、メンバーシップでも、時系列の違うお話が出てきています。内容的に括りたかったので、あちらになりました。

 では、本日、お誕生日の萩くんファンに捧げます。

 🎊お誕生日、おめでとうございます。良い一年になりますように🎊

 そうでない皆様にも、いつも、感謝です。ありがとうございます。

 ちょっと、連載が止まっていますが、萩くんのお仕事は、こちらのマガジンから、読めますので、よろしかったらお立ち寄りください。
 珍しいコメディ仕立てになっています。


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