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スラムの灯~スゥォード・ナヴァリの生涯 第四話(最終話)「天使を遺して」

 この頃、更に、文化活動に対する、国からの規制は、どんどん、厳しくなっていた。

 むねは、いつくを失って以来、やる気をなくしていた。屋台も止めてしまっていた。

 俺がスゥォード・ナヴァリだということは、面倒臭いので隠していたが、そのことに気づいた若い女がいた。ヨウカという、その娘は、棟に近づいた。二人は付き合い始め、そのうちに、家に住み込むようになった。そのまま、ヨウカを、新しい嫁として迎えた。初めの頃は、ヨウカは、慈朗しろうを可愛がり、面倒を見ていた。

「まあ、嬉しい。こんな可愛い子のお母さんになれるなんて」

 カメラも、家に置いてあったものが、幸い一台、遺されていた。慈朗の写真は、それで撮影したものだった。上に見つかるのを恐れ、フィルムのまま残し、現像はしていなかった。

 ある時、それを、裏のルートで、第三層の写真屋に持ち込んだ者がいた。
 旧いフィルムと、その内容から、足がついた。それが、スゥォード・ナヴァリのものであると。

 ヨウカが、それを持ち込み、既に、裏の取引で、金を受け取っていたらしい。

 ある日、家に、陸軍の取り締まりの兵士が訪れた。兵士は、まだ二歳の慈朗を見るなり、写真がその子であることを確認した。きっと、俺は連れて行かれて、処分されるのだろうと思ったが、その時、兵士は、速やかに、帰っていった。その数日後、陸軍の尉官が来て、丁寧にお咎めなしとなったことが知らされた。

 後に、そのフィルムは、ランサムに渡ったと聞いた。ランサムが、それを高額で買い上げたそうだ。意味は解らないが、誰か、関係者で気に入った者がいたらしい。

 ヨウカは、自分のしたことは棚に上げ、悪びれもなく、言い放った。

「さすが、お父さん、命拾いされましたね。・・・でも、お人良しで、写真の権利を盗られてしまったなんて。・・・もう、お金はありません。見て、慈朗を。こんなに細くて、この後だって、きちんと育つか、わかりゃあしないわ」

 慈朗は、よく泣いた。継母は、彼を抱くことをしなくなった。すっかり、気が弱くなってしまった棟は、ヨウカの言いなりだった。その後の慈朗の面倒は、俺が見ていた。

 スラムの裏通りで開かれる、小さな市で、使いかけのクレヨンを見つけた。チラシや、古い雑誌の文字の記事の部分なら、絵がかけた。紙を拾い集めて、そこに絵を描いてみせると、慈朗は、夢中にクレヨンを握った。五歳になる頃には、水彩の道具を手に入れたので、同様に与えた。食べてしまったリンゴの芯を見て、元のリンゴの絵を描いた。嬉しそうに、見せてくれた。

 貧困で歪んだ心は、顔に出る。小奇麗にしていたヨウカも、ヒステリックになり、形相が変わる。棟は酒浸りになった。二人の喧嘩から、俺が慈朗を抱いて護るしかなかった。

「お母さん」

 いつも怒っている、ヨウカの顔を、笑顔に換えて、慈朗は描いた。父親の顔もそうだ。

★・📷・★


 最近、咳が止まらない。慈朗は九歳になっていた。最近では、母親に小突かれながら、物売りをやっている。一つも売れずに、泣きながら帰ると、その日は、食事はなかった。

「女の子みたいに細くて、何もできやしない・・・もう少ししたら、翠蔭すいいんにでも行かせようかね・・・」
「お前、いくらなんでも、そんなことは・・・」
「うだつの上がらない所は、あんた、そっくり。貧乏くじ引いたわ、本当に」

 一頻り、夫婦喧嘩が終わる頃、俺は、慈朗を裏口から入れてやった。取っておいたパンを渡してやった。俺はもう食えない。咳が酷くなるからな、喉に詰まらせれば、もう終わる。

「爺ちゃん、ありがと」

 涙目で、慈朗はパンに貪りついた。その後、俺が咳き込むと、背中をさすってくれた。

「ありがとうな、慈朗」

 ニッコリとして、しがみ付いてくる。

「これから、辛いこともあるかもしれないが・・・」
「うん」
「慈朗、お前は、とても優しい子だから、人の気持ちが解る。それだけに感じやすくて、辛い思いも、悔しい思いにも遭うかもしれない。しかし、何かの形で、人を癒せる力がある。写真も絵もそれができる、良い方法なんだよ」
「解った。いつか、お爺ちゃんの写真、見たいな」
「今はないが、今度、撮りに行こう」
「うん」

 素直で、可愛い慈朗を見ると、沙夜と慈を想い出す。何とも、心地好い、幸せな気持ちになった。

 慈朗は、沙夜と慈が遺してくれた天使だ。
 俺は、もう、後少しだろう。辛いこともあるかもしれないが、お前はきっと、人の中で、その愛らしさと、優しさでやっていけると思う。もう少し、一緒に居てやりたいが、どうやら、もう、難しい頃のようだな・・・このカメラは、お前に遺すから、大事にするんだぞ。

 ・・・すまない、慈朗。

 その晩、俺は、天使と眠りについた。


★・📷・★

 没後、ランサム国際芸術祭にて、スゥォード・ナヴァリは、写真家の部門で特別賞を授与された。ランサムフォトミュージアムに、その写真が展示されている。多くが紛失する中、風景のものが何点かと、珍しい、幼子の写真があった。それは、他ならぬ、ナヴァリが、生まれて間もなくの孫を写したものだった。そして、世界の名匠と呼ばれる写真家の仲間入りをし、「ナチュラルフォトセレクション」という、スメラギの写真家による作品を集めたものが、後に出版され、それらは、その本にも、収められている。

                               ~終~

               

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