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もみぢ葉 第四話 ~艶楽の徒然なる儘

「じゃ、いいですね、庵麝先生。今、行って、艶楽師匠を迎えに行きますから、先に、安楽寺に行っててくだせえ」
「え?・・・研之丞、ちょ、ちょっと待て」
「何、言ってるんですか。待ちませんよ。意を決して、団子に付け文、そして、もみぢ葉まで添えて、一度、渡し済みなんですぜ」
「いや、それが届かなかったのだから、それは、それまでと・・・」
「だから、それは、あっしの所為ですから。邪魔しちまったんですから。仲立ち、致しますから」
「いや、待て、研之丞・・・」
「今日は、診立てをお休みにして、安楽寺に、行ってくだせえ。あ、井筒屋、忘れないでくださいよっ」

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 そんなわけで、今は、艶楽師匠を背負って、安楽寺まで、送っていく途中なんですが、

「なんだってんだい?ケンさん。急に、こんなの・・・」
「安楽寺にね、大切なお人が、お待ちですから」
「え?・・・どういうことなんだい?」
「どうもこうも、十五年越しに、師匠を待ってらっしゃる方がおいでですから」
「えー?まさか?」
「心当たりがあるんですね?」
「仙吉さん、足が治ったのかい?こないだの、診立ての時、庵麝先生が、脚萎えで、外に出られなくなってるって・・・」
「・・・え?・・・」

 庵麝先生、だからなのか?
 それは、初耳だ。仙吉さんも、庵麝先生が診てたのか・・・。

 とか、言っている内に、安楽寺の山門まで、来てしまった。

「はぁ~、綺麗だねえ、間に合ったかもしれないねえ」

 はらり、はらりと、風にのり、もみぢ葉が、あちらこちらに舞い落ちているのが見えた。見上げると、安楽寺の山は、見事に、赤や橙、黄に染まっていた。艶楽師匠は、嬉しそうにしながら、あっしの背から降りながら、草履を履いた。

「まあ、ここまで、早かったねえ。ここから、ゆっくり、上に登りながらね、落ちてくる、もみぢ葉を拾ったりしながらね、観るんだよ」
「えっとぉ・・・」

 その周りを見回すってぇと・・・何人か、見物人たちがいるが、その中には・・・あ、遅い、遅い。今、来られたんですかい。庵麝先生。

「あらぁ、庵麝先生じゃないですか?先生も、もみぢ狩りですか?」
「あ、ああ・・・」
「じゃあ、あっしは、お雪にお遣い頼まれてんで、これで」
「え?ケンさん?・・・待ち人の方っていうのは、どなたなんだい?」

 あっしは、もう走り出していますよ、艶楽師匠。

「ああ、庵麝先生に、伺ってくだせぇ」
「へ?・・・どういうことだろうねぇ・・・?」

 振り返って見た時、お二人が、山門の前で佇んでいる感じは、案外、お似合いだと思ったんだがなぁ・・・。

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ドンドン、ドンドン・・・

「はいよ、開いてるよっ」

ガラガラガラ・・・

「・・・あ、艶楽師匠、・・・えーとぉ・・・わぁ・・・」

 久方に、紙敷き詰めて、剥ぎ合わせて、・・・もう、下絵が済んで、色付けに入ってるんだな・・・綺麗な山もみぢの絵・・・先日の、あの・・・。

「うふふ、あの日ね、あの後、庵麝先生が、絵の具を買いにつれてって下すってね。紙も、皆、揃えてくだすったんだよ」
「へぇー・・・そうなんですかい・・・それは、ようござんした」

 へへへ、それは、それは。本当に、ようござんしたねえ。

「で?・・・療養所の奥のお屋敷には、行きなすったんですかい?」
「・・・え?・・・なんで?」
「なんでってえ、・・・そりゃぁ、アレだ、アレでしょ?」
「・・・なぁに、言ってんだか、ケンさん、どうしたんだい?」
「え?」

 あれ?・・・どういうことだ? 庵麝先生、今度こそ、ちゃんと、気に入りになって、それで、旦那になったから、絵の具一式、買ってやれた、ってことじゃねえのか?

「それがね、庵麝先生が、脚の悪い、仙吉さんからね、言付ことづかったっていうんだよ。嬉しい話じゃあないか。いやあね、もう、お互いに、いい歳だから、そういうことじゃあなくってね・・・うふふ」
「え?・・・いい歳って?」
「そうだよ、庵麝先生が、仲立ちして、一式、揃えて下すったんだよ、うふふ」
「・・・するってぇと、師匠、この絵は?」
「仙吉さんに、頼まれたのさ。できたら、庵麝先生が、渡しに行ってくれるって」

 え?・・・じゃあ、あの日、庵麝先生は・・・?

「嬉しかったよ、あの人、脚が悪いだけで、元気なんだそうでねぇ・・・」

 そんなぁ、・・・庵麝先生、それで、いいのか?

 それじゃあ、師匠は、仙吉さんの為に、安楽寺の山もみぢの絵を描いているということか・・・?

「でも、仙吉さんは、西に行くと言って、お別れしたんじゃないんですかい?」
「え?まだ、あの家にいるんだってよ。庵麝先生が脚を診てるそうだからねえ」

 どういうことだ?
 これで、いいのか?・・・庵麝先生。

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 なんか、腑に落ちねえな。うーん・・・。

 今日は、これから興業で、新しい演目だから、庵麝先生、観に来るかもな・・・まあ、来てたら、捕まえて、聞いてみるか。

 舞台袖から除くと、ああ、やっぱり、一番後ろに座ってらぁ。
 こんなんだって、艶楽師匠と一緒に、来てくれりゃあ、いいのになぁ。

 帰ろうとしたところを、捕まえて、庵麝先生を、楽屋に引き込んだ。
 跋の悪そうな顔で、先生は、楽屋の上がりかまちに腰かけた。

「・・・研之丞か、何用だ?・・・いや、今日のも、好かった」
「あ、ありがとうございます。って、いやいや・・・先生、なんでぇ、芝居の恋路より、一大事がある筈じゃねえですか」
「新作だから、折角、観に来てやったのに・・・一体、何が、どうしたと・・・」
「だから、艶楽師匠と、その、あの後、安楽寺で」
「ああ・・・」

 そう言うと、おでこを掻きながら、庵麝先生は、渋々、話し始めた。

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「ああ、ケンさんったら、足が速いねえ、役者っていうのは、ああやって、皆、鍛えてるもんなのかねえ・・・うふふ、どうなんですかね?」

 艶楽が、隣で笑っている。診立ての時以外で、しかも、外でこんなに傍に居ることはない。初めての事だ。

「ちょっとぉ、先生、何、ボサッとしてるんですぅ?ああ、山もみぢね。確かに、見とれるぐらいに綺麗さねぇ・・・うふふ」
「あ、ああ・・・」
「あら、井筒屋に、ちゃんと、水筒すいづつまで。お待ち合わせですかい?先生も、隅に置けないねぇ」

 身体を、くねりながら、揺すって。
 あの頃も、遠目に、こんな姿を見ていたが。

「ああ、ケンさん、なんて、言ってましたっけね?先生のお相手様は、上にいなさるのかしら?」
「あ、いや、その・・・」
「うふふ、見られたくないんですね。いいですよ。黙っときますから。どこぞのお武家の、お嬢様ですかい?」
「いや、家督も継げない私と、そのような立場の方は・・・」
「・・・まぁた、しゃっちょこばって、難しいお顔しなさんなって、結構、二枚目なんだから、自信持って下さいよ。じゃあ、すいませんが、ご一緒に、上まで、お連れ頂けますかねえ?」

 二枚目、だと・・・?・・・この私が?

「あ・・・そう、だな。・・・加減は?」
「加減?ああ、身体なら、いい加減ですよ」
「・・・捕まって、手を引くので」
「え?・・・あ、そりゃあ、どうも、今日はありがたいねえ、ここまでは、研之丞に背負ってもらって、今度は、先生に手ぇ引いてもらえるってね」

 診立ての時には、それなりにしているので、気を入れないようにしているが・・・小さな手を掴んだ。ひんやりとしている。
 
 それにしても、二枚目なんて、
 ・・・生まれてからこの方、言われたことはないが・・・。

「休み休み、進むので」
「もみぢ狩りですからね、そうしましょ。・・・あ、これ、ほら、綺麗」

 艶楽は、綺麗なもみぢ葉をみつけては、袂にしまう。
 これでは、なかなか、上まではつかない。日が暮れてしまうな。

 階段の真ん中辺りで、腰かけて、団子を開いてやった。

「いいんですかい?お嬢様の分では?」
「違う。・・・はい、どうぞ」
「え?あたしが頂いてもいいの?・・・じゃあ、遠慮なく、頂きます。えーと、先生は、どれがお好きですか?」
「あ、私はいい」
「えー、早いもん勝ちですよ、こういうもんは」
「いや、艶楽、貴女が選びなさい」
「いいんですかい?譲ってばっかで、来てるんじゃないですか?庵麝先生ってば・・・うふふ」
「・・・そうかもしれんな・・・旨いか?」
「はい、そりゃあもう、だって、井筒屋ですものね」

 無邪気なもんだな。妙に、言い擦られてる所もあって。
 そうやって、あの頃も、仙吉と・・・。

 その、栗源仙吉のことは、いくらか、診ていた頃があった。脚が悪くなって、杖を施してやった。薬も出したが、結局は、決め手がなく、膏薬を貼って、杖で養生していくことにした。―――もう、十五年程前の事だ。

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「その頃って、もう、艶楽師匠とは、確か・・・」
「まあ、その時分は、本妻が迎えにきて、西へ戻ると言っていた」
「ああ、それからだ。師匠が、何にも、描かなくなって、寝込み始めたのは。こっちに戻ってきて、なんだか、怠くて、もう、いいんだとか言って・・・」
「で、その仙吉殿がだ。出立の時に、わざわざ、こちらへ挨拶にきて・・・」

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「儂の診立てじゃがな、恐らく、艶楽には、黒墨が巣食い始めとるはずじゃ。儂が、こんなんだからな。もう、一緒に居たら、共倒れじゃ。で、先生、あんたに頼みがある・・・」
「はい・・・」

 あの当時、まだ、今程、黒墨については、私も治す診立ても知らず、その後になって、藍学の医学書を、手に入れて知ったぐらいで。
 仙吉殿は、その時の艶楽の様子で、既に、それを診立ていたのだ。奇天烈の変人と言われていたが、やはり、天才なのだと、感心した。

「あんた、艶楽の気に入りじゃろ?」
「え・・・?」
「おったろう?あの時。儂と艶楽が、安楽寺に行く所を、見とったじゃろう?それと、そこの本の後ろに、青い本がある・・・」

 それも、見抜かれていた。

「そろそろ、終いにせんとな。艶楽を自由にしてやらんと。次に行けと、言っておいた。様子を見て、面倒見てやってくれ」
「あ、・・・はい」
「よし、じゃ、頼みましたぞ、庵麝先生」

 最後に、やたら、丁寧に頭を下げていた。噂通りではあったが、ある意味、度量のある好人物だと、私には感じられた。

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「だったら・・・尚の事じゃねえですか」

 庵麝先生は、薄笑いをして、少ししてから、言った。

「・・・先の愉しみがあれば、命は繋がる。艶楽が、一番喜んで、本でも、絵でも、描き続けられる、その心持で、居続けることが肝要で・・・」

 あ・・・。

「艶楽が笑って、楽しく、描いていてくれれば、私は、その姿を時々、見られれば・・・」

 ちぇっ・・・芝居張りに、色男の台詞ですかい・・・
 庵麝先生、本気まじなんですね。
 でも、いずれ・・・、

「でも、いずれ、嘘は、バレますぜ、先生」
「・・・艶楽は、きっと、その、」
「え?」
「恐らく、全部、解っていて、この話に乗っている・・・」
「え、・・・それこそ、どういうことですかい?」

 なんだってぇんだい?
 ますますもって、腑に落ちねぇが・・・。
                                                                                                        ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 もみぢ葉 第四話 艶楽の徒然なる儘
お読み頂き、ありがとうございます。
なんか、離れ離れのように見えた糸は、実は、絡み合っていた・・・
というような展開になってきました。
研之丞が、気を利かせて、動き回ったことで、紆余曲折により、艶楽師匠は、作品作りを始めました。めでたし、めでたし・・・。
表面的には、そうなんですけどね。
しかし、研之丞は、どうやら、納得がいかないようですね。
大人同士の機微が、見え隠れしてきました。

余談ですが、今、気づきました。
今、同時進行で連載している三作ですが、十代、三十代、
そして、四、五十代という、
三世代の恋愛について、描いているんですね。
たまたまですが、こんなこともあるんだなと。

この話の纏め読みができます。下のマガジンから、よろしくお願いします。



 

 

 


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