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一日遅れの恋

「2月14日だね!」

「なんで毎年わくわくできんだよ。」

「毎年希望はあるから!」
この日のこいつのガッツポーズが、多分この世で1番虚しい。

「その希望叶ったことないよね。」
携帯を片手に晃貴が冷やかした。

「今年はわかんないじゃん!」

「いや、大地は貰えないよ。」
すかさず俺も冷やかす。

「うん。貰えないね。」

「なんで?!」

「なんとなく」
晃貴とはこういう時、せーのと言わなくても声が揃う。

「二人揃って言わないでよ……」



「晃貴は?今日彼女に会うの?」

「あー、フラれちゃった。」

「え!なんで!?」
大地の丸い目がより丸くなった。

「他に好きな人できたんだって。」

「あらー……」

「てことで、今年貰えるのは蒼佑だけだね。」

「いや、今年もあるとは限らんし……」

「いや、あるでしょ!」

一年の時から毎年、2月15日の朝。机の中にチョコレートが入っている。

「仮にあっても多分明日だし、バレンタインとは別枠じゃね?」

「確かに何で毎年次の日なんだろうね?」

「え!? 2人ともわかってないの?」

「え?」
本日2度目。声が揃った。

「そんなのさー、毎年当日渡すつもりで準備はするけど、結局渡せなくて、切ない思いとともに放課後机の中に入れてるからに決まってんじゃん!」

「そうなの?」

「まぁ、ありそうではあるけど。」

「一日遅れの恋だよ!」

上手いこと言ったという自信有りげな顔が、少し鼻についた。

「気になるのは相手なんだよなー。」
大地はこの手の話が好きだ。

「水瀬じゃないの?」

「え?なんで?」

「だって、毎年入ってんの水瀬のとこのでしょ?」

「うん。まぁ。」


晃貴がサラッと名前をだした水瀬砂奈。
同じクラスの大人しめの女子。
実家が地元では割と有名な洋菓子店だ。


「でも水瀬んとこのお菓子わたす女子多いらしいよ。恋が成就するてうわさもあるし!」
大地はこの手の噂話も好きだ。

「じゃあ水瀬とも限らないのか。」

「つか、もういいよこの話。そろそろ鈴先来るし席戻れ。」


半ば無理やり会話を終わらせた。
この手の話は、自分が中心になると途端に恥ずかしくなる。


バレンタインデーなんて、もらう宛がなければいつもの日常と変わらない。
休み時間、女子が友チョコ配りに少し忙しいくらいだ。

今年ももちろん、何事もなく終わる。


「あー、帰りたくない!」

「いや、もう帰るぞ。」

「えー、だって帰ったらもうほんとにもらえないじゃん!」

「いや、帰らなくても貰えないから行くよ。」

「帰りにコンビニでチョコ買ってやるから」

うなだれる大地を連れて3人で教室を出た。




(しまった…)

自転車の鍵を取り出す時に目に入った3つの箱。


「ごめん。ちょっと忘れもん。先帰っていいよ。」

「別に待ってるよ。」

「チョコ買ってくれるんでしょ。」

「じゃあサッと行ってくるわ。」


小走りで教室へ引き返す。


(あぶねー)

一応、お返しを用意していた。
一昨年と、去年と、一応、今年の分も。

今日の帰りに机に入れておけば、明日の朝、
送り主の手に渡ると思って……


今日、大地の話を聞くまで、俺はてっきり、チョコは毎年15日の朝に入れられているものだと思っていた。


もし、大地の推理が正しかったとしたら……


(鉢合わせたりするかな…)

少し緊張しながら教室へ入る。

「え……」

俺の席の前に、クラスメイトが立っていた。





立っていたのは水瀬砂奈だった。


「まじで……」


呟いた俺に水瀬が気づいた。


驚いた様子の水瀬の手には、毎年俺の机に入れられているチョコレートの箱があった。


「ひょっとして、毎年くれてたの水瀬?」


水瀬が小さく頷いた。



本当はずっと、そうならいいと思ってた。




「あ、ご、ごめんね。怖かったよね。誰からか分からないチョコ毎年入ってたら……」

恥ずかしそうな、気まずそうな様子で水瀬が言った。

「いや、水瀬んとこのお菓子好きだから普通に嬉しかったよ。」

繕うように俺も返した。
本当は最初、少し怖かった。


「なら、よかった。毎年直接渡そうと思って持ってくるのに渡せなくて……」


(大正解だぞ。名探偵。)




「これ…」
水瀬がチョコの箱を差し出した。

「もらってくれますか?」

「うん。ありがとう。」


照れくさくて、お互い下を向いたまま、しばらく時間が流れた。


「あ、これ、お返し。去年と、一昨年と、今年の分。机に入れとくつもりだったの忘れてて……
 でも、直接渡せてよかった。」

少し早口になりながら、かばんの中の3つの箱を差し出した。
初めてデパートで買ったクッキーだった。


「ありがとう。」

水瀬が受け取る直前、差し出した箱を1つ引っ込めた。

「あ、やっぱ、一個は止めとく。今年の分はちゃんと、来月渡す。」


「でも、もう……」

水瀬は少し戸惑っていた。


俺たちは来月の1日。高校を卒業する。


「卒業しても、会ってくれる?」


「うん。」







もう何年前だろう……


高校時代の記憶を遡るのに、もう10年じゃ足りなくなった。

それでも、毎年この日になると思い出す。
多分、人生で一番胸が高鳴ったあの時のことを。

ついでに、あの日の帰り道。
待ちぼうけを食らわせたお詫びに、チョコを3つ買わされたことも思い出す。確か晃貴には、肉まんを奢らされた。


俺の人生で、2月14日にチョコレートを貰えたのは、あの日だけだ。
実家の洋菓子店を継いだ彼女と、その日に会えることはないから。





2月14日。バレンタイン。
今年も、俺には何も届かない。



でも、


明日の朝、俺にも届く。




一日遅れで、愛が。


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