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シンキングスクリーン

「やぁ折橋君、遠い所を悪かったね」

 町外れの丘の上にある研究所。今日は外門で博士が僕を迎えてくれていた。こういう時は大抵発明に自信がある時だ。それにしても…。

「とんでもないです博士。新しい発明品が完成したと聞いて、いてもたってもいられずすぐに社を飛び出してきました。いったいどんな発明なんです? 今回も製造、販売はウチに任せて頂けるのですよね?」

「ホッホッホッ。そんなに慌てるんじゃない。外ではなんだから、とりあえず中に入ろうじゃないか」

 博士は唯でさえ多い目尻のシワをさらに増やすと入口へと歩き出した。

「……。はい」
 
 
 
 
 ソファーとテーブルだけの質素な応接室で、お茶を淹れてくれている博士を待つ。この見慣れた応接室とは裏腹に今日の博士の風体はいつもと違っていた。額の辺りにハガキ位の大きさの画面とそれを支える鉢巻のようなもの。また奇妙なことに画面には、にこやかな博士の姿が映されていた。

 あんなようなトランプのゲームあったなぁ、などと考えているとコーヒーを持った博士が入ってきた。

 博士がソファーに座った瞬間、堪えきれずに問いが口からこぼれだした。

「ひょっとして今回の発明は、その頭に装着しているものですか?」

「うむ。まずは見て貰うのが早いじゃろう」

 博士はそう答えると画面を指差した。

 視線を画面に移すと、にこやかな博士の画像はいつの間にやら消えていて鼻の長いネズミのような動物が映っていた。

「ブラリナトガリネズミ」

「ブラ…。何です?」

「この動物の名前じゃよ。今ワシが頭の中で思い浮かべたものじゃ。つまりこの装置は脳内から発せられる微量な脳波を読み取り、考えた事物を映像化することができるという品なのじゃ」

 あまりの衝撃にソファーごとひっくり返りそうになるのを必死に耐えた。

「博士! やはりあなたは天才です! そんなことができるなんて」

 博士と、ブラリナトガリネズミを画面から追い出した博士は満面の笑みでうんうん頷いている。

「これは色々実用化できますよ。例えば事故の目撃証言も明確になりますし、日常的なことだと名前を思い出せないけど顔は覚えている人などを他人に伝えることができる。いや待て待て、これを使えば気の弱い人も…」

 数々の想像が頭の中を走り回っていたが、ふと一抹の不安が浮かんだ。

「ただ博士、これはちょっと怖い装置ですよね。常に自分の心の内側を皆に晒してる訳ですものね」

「うむ。まぁそういう装置じゃからの」

 博士は穏やかに答えてくれてるものの画面の彼は少しムッとしているように見えた。

「例えばですけど、画面の前に小さいカーテンのようなものを付けて自分の意思で開閉できるようするのはどうでしょう?」

「ホッホッホッ。カーテンとは。この科学の粋を集めた装置に随分とアナログなものを付けるんじゃな。ホッホッホッ」

 博士の甲高い笑い声を掻き分けると、その奥には怒りに震える博士が表示されている。何とか怒りをなだめたいが肝心の博士は笑っている。訳が分からなくなってきた。

 どうしたものかと困惑していると2人の博士は真剣な眼差しで思いがけない質問をしてきた。

「いいかね折橋君。なぜ世の中から戦争や犯罪が無くならないと思うかね?」

「なぜって…。う〜ん」

「それはじゃな、戦争や犯罪を起こそうと考えるやつらがいるからじゃよ。もしこの装置を人類全員が付けたとしよう。その世界では戦争や犯罪を企めばたちまち皆にバレてしまう。未然に防げるという訳じゃ。
戦争孤児や犯罪被害者、またその遺族達。それらのニュースを見る度にワシの心は締め付けられる。この装置を全ての人間が装着すれば、皆で皆を監視し合い、少なくとも今後理不尽な目に合う者は生まれないじゃろう。全ての不幸を絶滅させる。それがワシの夢なのじゃ」

 博士の熱弁に感嘆しながらも、僕の視線は画面に釘付けになっていた。



 研究所からの帰路。電車を降りタクシー乗り場に向かう途中、内ポケットの携帯電話が鳴った。

「お疲れ様です部長。はい今回の博士の発明も素晴らしいものでした。直ぐに機械工場の手配をお願い致します。えぇ詳細は社に戻りましたら。あっ、そうそう。今回は繊維工場の手配もお願い致します。付属品として小さいカーテンを製作したいのです。その辺りの話も後ほど」

 電話を切りタクシー乗り場の列に並ぶ。車の流れをぼんやり眺めながら僕は、熱く語る博士の額で『唯でさえ多い目尻のシワをさらに増やして札束を数えていた博士』の姿を思い出していた。
 
 
 
 
▶次頁 緑女りょくじょ

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