山梨の銘酒「春鶯囀」と谷崎潤一郎『春琴抄』

甲府盆地を静岡県の方へ下っていく途中に、「春鶯轉」という銘柄の清酒を売っている蔵元がある。命名をしたのは、与謝野鉄幹と晶子夫妻だと言われており、飲むと体の中で鶯が鳴いたような感覚がする、らしい。

山梨の日本酒にしては辛さが控えめで、おそらくは富士山系の仕込み水のために柔らかい味わいで醸されていて私も機会があれば飲むのだが、首都圏ではそう簡単にめぐり合うことができない。

この「春鶯轉」は、マンガの『もやしもん』とコラボした製品を出していたので、ご存じの方も多いかもしれないが、これまた『美味しんぼ』で取り上げられた別ラインの「鷹座巣」という銘柄(もうやってないかもしれない)は、やや辛口寄りだが、これもまた甘めのタレで焼いた鶏に合う。

お師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬと彼女の前に額づいて云った。佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い時間黙然と沈思していた佐助は此の世に生まれてから後にも先にも此の沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった

このシーン、何のことかわかる人は、すでに谷崎潤一郎の小説『春琴抄』を読んだことがある人で、その余韻に浸ることができてうらやましいし、何のことかわからない人は、このシーンの意味を読んで楽しめる機会があるということなので、どちらにしてもうらやましい次第である。

ちなみに新潮文庫の裏表紙には、「単なる被虐趣味をつきぬけて」とあるが、そもそも『春琴抄』が被虐趣味の小説なのかどうかには議論があるだろう。愛されているかわからぬ春琴に殉じて自分の目をつぶす佐吉は、確かに一線を越えているだろうが、愛の為に両眼をつぶしてもかまわないと思う気持ちはわからなくもない。

そして、それが「被虐趣味」という一線を、佐吉が超えたのかどうかということについては、一考を要するのではなかろうか。

あ、あり難うござり升そのお言葉を伺いました嬉しさは両眼を失うたぐらいには換えられませぬお師匠様や私を悲嘆に暮れさせ不仕合わせな目に遭わせようとした奴は何処の何者か存じませぬお師匠様のお顔を変えて私を困らしてやると云うなら私はそれを見ないばかりでござり升私さえ目しいになりましたらお師匠様の御災難は無かったのも同然、折角の悪企みも水の泡になり定めし其奴は案に相違していることでござりましょうほんい私は不仕合せどころか此の上もなく仕合わせでござり升卑怯な奴の裏を掻き鼻をあかしてやったかと思えば胸がすくようでござり升佐助もう何も云やんなと盲人の師弟相擁して泣いた

春琴が美しすぎて、その顔をつぶした輩がいて、春琴はその顔を佐吉に見られたくないと言ったから、佐吉は見まいとして両目をつぶしたのである。

現実に考えればやりすぎと見えるだろうし、比喩だととればどうだろうか。愛する人の醜いところが「見えなくなる」のが愛というものではないだろうか。

この引用は、誤まりではなく、『春琴抄』の文章はこのように句読点が極端に少ない文体で書かれているのだ。しかし、そのことよりも、佐助が目を突いたのは41歳のことで、今の私と同世代になるが、佐助のような覚悟があるのかと問われると、やはり足がすくんでしまう。

繰り返すが、佐助は、春琴の顔面が火傷でただれてしまったことを見えなくするために、自分の両目に針を突き立てた。

佐助の自己犠牲と献身は、心を打つ。

けれども、佐助が嘘を言っていないとどのようにして春琴は確信できるのだろう。第六感か。それは谷崎のよくするところではなかろう。

春琴は、おそらく、信じたのである。佐助は自分が眼をつぶしたと言った言葉を、春琴が本当のこととして信じたからこそ恍惚となったのではないか。

春琴と佐助の愛情のあり方とは、おそらく心情や物品の等価交換によって、確証されているのではない。

春琴が、最終的な根拠を得られないにしても佐助の言葉を信じ、佐助もまた春琴の愛情が得られたかどうか確証のないまま、目をつぶして仕えている。

要するに、佐吉と春琴との愛情のあり方とは等価交換ではなく互酬の関係である。

お互いが、相手から同じだけのものを得ることを期待せずに、ただ同等のものを贈り合っているからこそ、佐助と春琴の関係は美しいのである。

てる女は屢々春琴が無聊の時を消すために独りで絃を弄んでいるのを聞いた又その傍らに佐助が恍惚として項を垂れ一心に耳を傾けている光景を見たそして多くの弟子共は奥の間から洩れる精妙な撥の音を訝しみあの三味線には仕掛けがしてあるのではないかなどと呟いたと云う。

「独り」で絃を弄んでいるはずなのに、「傍らに佐助」がいる。春琴は佐助に対して弾いているわけではない。佐助も、自らがいることを春琴に悟ってもらう必要を感じない。

このシーンは、『春琴抄』における互酬的な愛の形を明確に示している。

そんな春琴が得意としたのが「春鶯囀」と「六の花」。私にとって、「春鶯囀」の一杯は、『春琴抄』における佐助と春琴の愛の記憶が喚起されるがゆえに甘露なのである。

雲雀の外に第三世の天鼓を飼っていたのが春琴の死後も生きていたが佐助は長く悲しみを忘れず天鼓の啼く音を聞く毎に泣き暇があれば仏前に香を薫じて或る時は琴を或る時は三絃を取り春鶯囀を弾いた。夫れ緡蛮たる黄鳥は丘隅に止るとと云う文句で始まっている此の曲は蓋し春琴の代表作で彼女が心魂を傾け尽したものであろう詞は短いが非常に複雑な手事が附いている春琴は天鼓の啼く音を聞きながら此の曲の構想を得たのである手事の旋律は鶯の凍れる涙今やとくらんという深山の雪の融けとめる春の始めから、水嵩の増した渓流のせせらぎ松籟の響き東風の訪れ野山の霞梅の薫り花の雲さまざまな景色へ人を誘い、谷から谷へ枝から枝へ飛び移って啼く鳥の心を隠約の裡に語っている

長くなったが、名文である。もちろん暗唱など出来はしないが、忘れた頃に『春鶯囀』を飲むと、ふと『春琴抄』の世界を思い出すのである。

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