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私について

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私個人について、他のマガジンの範疇に入らないものも含めてこちらのマガジンに入れるようにします。 https://www.facebook.com/profile.php?id=1… もっと読む
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2022年7月の記事一覧

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (10)結び/定年講演

さて、これで結びとなりますが、 人間が神でない以上、不作為のものを含め私自身数々の悪事を犯してきた罪人と思います。衷心よりお詫びさせていただきます。 私が、神を否定することができず幾分かでも神(或いは仏)を信じている以上、多少の善事も成してきたと思います。また、多少の善事を成したとすれば周りの皆さんの支えによってにほかなりません。 ありがとうございました。 そして何より、組織統制上のこととは言え、私のような不徳のものの言葉に誠心誠意対応してくださいました部下の皆さんに

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (9)会社生活まとめ/定年講演

 ここで短いですが、会社生活、仕事のまとめをさせていただきます。 縁有って、新規な機能材料をの開発ができる、やるというモチベーションをもって化学メーカーから転職、昭和63年(1988年)中途入社しました。 ・1988年から1992年中央研究所 あまりに化学メーカーと環境が違い、戸惑ったが、これも縁有って労組執行部(1990年9月~1992年8月二期二年)をやらせてもらい、勉強させてもらい、当時の支部執行部、中央執行部や中央研究所の皆さんと一緒にやれたことが会社での基盤と

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (8)近代の個とC社と私/定年講演

さて、「近代」における個の確立の、”個”ですが、 ”個”とは、個であって個でない何ものか、なのではないでしょうか。 福澤諭吉の言う「独立自尊」とはそういう多少分かりづらいことを含んでいます。 そもそも個とは何か?西洋的自我なんかではないと私が気付いたのは、非常に遅くて、30代になってからでした。 しかし、以上のように解釈する”個”とは、アジアの哲人政治家李登輝さんが言う、「私は私ではない私」とも平仄が合っていてそれなりに受け入れられるものだと思います。 長々と述べて

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (7)C社と近代の構図/定年講演

1)西欧近代(個の確立)とその解毒剤    或いは 2)日本文明の上部構造(近代精神)と下部構造(日本文明の地下水脈) という捉え方でC社における近代の構図を理解できます。 C社の近代性は、創業者のTM氏とクラーク博士(この辺りは私より詳しい人たくさんいると思います)。 C社が依拠する文明は、「行動指針」に端的に表れています。 行動指針は、『実力主義、国際人主義、新家族主義(社員は家族のように)、健康第一主義』で、前2つと後2つは相反する概念でそれが平然と並んでいる

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (6)日本人にとっての近代とその構図/定年講演

世紀を超えて普遍的に、日本人に「近代」を分かり易く示したという点で二人の日本人が挙げられます。 福澤諭吉と江藤淳です。 福澤諭吉はその著作、『文明論ノ概略』、『学問ノススメ』、『福翁自伝』、『丁丑公論』、『痩セ我慢ノ説』等々で、 江藤淳は、『考えるよろこび』、『アメリカと私』、『一族再会』、『南洲残影』、『閉ざされた言語空間』等々で。 福澤はもちろん、二人とも慶應の人ですが、彼らがいろんな形で教えてくれていますが、端的に、 「立国は私なり、独立の気力無き者国思うこと

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (5)近代とは、その2/定年講演

日本文明が「西欧近代」との親和性が高いとは言いつつも、でやはり、一神教のGOD、特に怒れる神や支配する神を受容することはできない、私は多神教的世界にしか生きることはできそうにありません。 私の信仰は、諸行無常、あの世を信じることで世俗的にも道徳的(物質的、精神的、社会的)にも豊かになれるのであれば、あの世を信じる、、、というレベル(あの世に行けば、死んだ親父や先祖、先輩に会える、という日本人の平均レベル)。 「西欧近代」というものの淵源を探ってみれば、「宗教改革=プロテス

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (4)近代とは、その1/定年講演

さて、近代とは、ということですが、 近代とは、信仰と世俗を厳密に分離した、三十年(宗教)戦争後のウエストファリア条約(1648年)以来の、国家主権の確立、個人の自由と独立、法治主義、世俗主義です。 現代はこのコンセプトに支配されていると言っていい。(東アジアに2,3例外的に振る舞う前近代の横柄な国があるのは真に遺憾とするところです。) 建前上は、信仰から世俗を分離し、人間の欲望(自由)を肯定し、合理主義の名の基に、社会の繁栄、発展を目指すもので、結果として「近代」が世界

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (3)近代との対面と私/定年講演

・「近代との対面」 改めて「雪埋梅花 不能埋香」、 「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存じ候」 これらは19世紀生まれの日本人の言葉ですが、第二次大戦の断絶を越えて普遍的な、日本人が「個」と「組織・日本」を両立させた飛び切り優れた「近代」だと、私は思っています。 「近代=西欧近代」のコンセプトはご多分に漏れず私にとっても巨大で、また媚薬も強力な毒も含んでおり、個人として目指すべき近代に行きつくまでは、現代の若者と寸分違わず、煩悩に塗れ、足搔かざ

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (2)前置きと結論」/定年講演

・「前置き」 本日は、私情(私の勝手な思い)を語ってよい、恐らく唯一の機会。また一方で、少しは本心を語らないと感謝の情も嘘っぽい。と思ってつくりましたら、私らしく、やはりゴタクが多くなり、野暮ったいものになってしまいました。また、仕事の話はほとんどなくて尚且つこういう場に相応しくなく、文学的、信仰的(そして幾分政治的)になり過ぎています。「人材育成」というお題をいただきながら、それに適わず申し訳ありません。 それに論理的統制の取れたものでもありません。皆さんのお時間をけが

「家庭の運営という概念 その16」/母性愛

 久しぶりでこのコラムを書かせていただきます。今回は我が家の個人的なことがらに関する記述になりますことをお断りしておきます。  妻とは平成元年の暮れにめぐり逢い平成3年3月に結婚しました。平成4年4月に長男が誕生したが、右手の一指が欠損しており機能障害がありました。次男は平成7年5月に、右足の膝下不全であり歩行ができない状態で生まれました。そのことを知ったとき私自身動揺がなかったと言ってはうそになります。長男誕生の直後産院で、そのことを伝えたとき妻は涙を見せず、しばらく無言

「一技術者が仕事の意義について考えてきた一側面 (1)プロローグ」/定年講演

 昨年(2021年)11月に技術者として34年間勤めてきた大手精密電機メーカーを部長として定年(60歳)となりました。  その定年の時のイベントとして、通常はそれまでやってきた仕事の歴史を振り返るというのが通常ですが、私は昔の話をしても面白くないだろうとも思い、むしろ私がどういうことを考えてきたかをお話しした方が自分らしくもあり良かろうとそういったお話をさせていただきました。100人を超える方々に聞いていただきましたが、半年以上過ぎた現在もその話の感想をいただけたりしており

「読書生活のきっかけをもらったこと その後」/(1)、(2)を受けて

 実は、三年前にT先生に手紙でお礼状を差し上げた。  この「読書生活のきっかえをもらったこと」を添え、下記のようなお手紙を書いた。 ー--------------------------------  このようなお手紙を突然に差し上げまして不躾とは思いましたが、何分理系に志望しエンジニアとして生涯を過ごし礼儀もわきまえず無粋を通してきましたもので、なにとぞお許しいただければ幸いです。  小生、あと二年余りで還暦となり勤め上げた会社を定年となる予定でございますが妻とともに

「読書生活とそのきっかけをもらったこと (2)」/高校時代

 読書生活や作家批評などの話もよく聞かせてくれたように思う。当時、旬の作家として、自分でも読み始めていた司馬遼太郎の面白さを率直に話してくれたことはその後の読書の太い線を形成することに繋がった。  歴史を学ぶことの処世上、いや男の人生における大切さはほかに比肩するものがないが、この練達の作家の語る歴史物語を通して知る野望、情熱、嫉妬、処世術、恋、不倫、純情、生と死そして何よりこころざしは、人間及び人間社会の複雑で重層的な構造を認識する土台となるものを教えてくれたように思う。

「読書生活とそのきっかけをもらったこと (1)」/高校時代

 思春期に教師の語りから読書人生のきっかけをもらうことがある。質の良い読書というものが人生に豊穣を齎すことは紛れもないことで世間の荒波に翻弄されつつ生き抜く力を与えられもするものである。  それはやり過ごす糧であったり絶えぬ希望の源泉であったりする。また読書そのものが人生そのもので得られるに勝るとも劣らない喜びである場合も多い。さすれば、そのきっかけをもらうということが如何に大きなプレゼントであるか、齢還暦の男としてみれば感に堪えないものがある。  高校二年生の現代国語の