やなぎだ けいこ
漫画みたいな毎日。「私の母の日。」
見出し画像

漫画みたいな毎日。「私の母の日。」

やなぎだ けいこ

世の中での、母の日が終わった。

「お母さん、ありがとう。」

スーパーでも、ネットを開いても、この時期が近づくと目にする広告。
そして、ちょっと不思議な気持ちになり考える。

「お母さん、ありがとう。」と言わなくてはならない気持ちになる日、になっていないだろうか?

みんながそうするから、しなくてはならないと思っていないだろうか?

心から、感謝する、って難しいことだよなぁ・・・と。

そんな風に考えてしまう私にとって、「母の日」は、あまり心躍らない日なのである。

母の日の由来を改めて調べてみた。

母の日の由来は1860年代の南北戦争時代に遡ります。南北戦争は1861年から1865年まで、アメリカ国内で行われた内戦です。当時、ウェストヴァージニア州は北軍と南軍が駐屯する場所で、ケガ人が多く、衛生環境が悪いこと等の理由から、病人も多い状態でした。そこで立ち上がったのがアン・ジャービスという女性でした。
アン・ジャービスは「母の仕事の日」(Mother's Work Days)というボランティア団体を結成し、衛生環境を整え、敵味方関係なく、病気やケガをしている人々に手を差し伸べ、救いました。
アン・ジャービスは南北戦争終結後も医療補助活動や平和活動、そして子どもたちへの教育活動等、多くの貢献を続けました。
そして、1905年の5月9日、アン・ジャービスはアンナ・ジャービスという娘を残し、亡くなったのです。

その2年後、娘のアンナ・ジャービスは亡くなった母親の偉大な活動を後世に残せるよう、母が生前、教育活動を行っていた教会にて、記念会を開催することにしたのです。アンナ・ジャービスの母親への想いに共感した人々は、母親の大切さを再認識し、教会へと集いました。 この時、アンナ・ジャービスは母親が好きだった白いカーネーションを全員に配り、亡き母へと手向けました。これこそが、カーネーションは母の日のシンボルとなり、現代のカーネーションをプレゼントする文化の由来なのです。

元々は亡くなった母親へは白いカーネーション、健在の母親へは赤いカーネーションをプレゼントしていましたが、母親が亡くなった人への区別を生まないよう、赤いカーネーションが一般的になっていったといわれています。

アンナ・ジャービスへの母親への想いによる集いは、アメリカ全土から注目され、多くの人々から賛同の声が響きました。そして1915年、アメリカで5月の第2日曜日を「母の日」とする法律が施行され、アン・ジャービスが結成した団体名を元に母の日(Mother’s Day)が生まれたのです。

上記項目では、日本で始まった母の日の由来である、アメリカ発祥の母の日について紹介しました。実はこの他にも、母の日の由来となる出来事がある事をご存知でしょうか?
それはイギリスやアイルランドで行われるマザリングサンデイ(Mothering Sunday)です。

マザリングサンデイは元々キリスト教の祝日で、3月の第4日曜日に行われるイースターの期間に行われる記念日です。

この日が元々どんな日だったかというと、お金持ちのもとで奉公していた子供たちが、雇い主から渡された手土産をもって、離れて暮らす親元へ帰る日でした。そして、親元へ着いた子供たちは、地元の母教会(Mother)へ行き、お祈りをする事が習慣となっていました。その為、この時点でのマザリングサンデイの「マザー」は、「お母さん」を意味するものではなかったそうです。昔のマザリングサンデイが由来となり、お母さんへ感謝する記念日としてイギリスで定着したとされています。 また、「マザー」は「お母さん」を意味するだけでなく、「起源」、「生み出す」といった意味もあり、全ての生けるものへの感謝の日としても、イギリスやアイルランドでは大切な記念日とされているようです。
アメリカで始まった母の日よりも、宗教的な意味合いが強いイギリスでの母の日は、アメリカよりもずっと昔に定着したといわれています。

フジテレビフラワーネットより抜粋


なるほど、「すべての生けるものへの感謝の日」というのも素敵だ。

私は、毎年、母の日になると、「私は、心から母に感謝したことがあるだろうか?」「母とはなんぞや。」ということを考えてしまう。

自分の母親に対して、私をこの世に送り出し、社会に出る様になるまで育ててもらったという事実に関しては、あたりまえではないし、感謝している。それは、大変なことだったはずだ。

しかし、自分の中で、優しい心持ちで「お母さん、ありがとう。」と言うには、あまりにも色々な出来事や、想いが交錯してしまう。

私は、母に対して、「決して、わかり合うことはない。」とかなり早い段階で諦めてきた。

そして、今も、そのことは残念ながら変わっていない。

年をとった母を今更、責めるつもりもなく、責めたところで、何も変わらないと思っている。母にしてみれば、必死に生活し、子育てをしてきただけなのだろうと思うからだ。

ただ、需要と供給のバランスが、あまりにも合っていなかったという事実があるだけなのだ。

だから、「お母さん、ありがとう!」と手放しで感謝できる母子関係を見たり聞いたりすると、とても羨ましく感じる。

そんなことで、母の日は、ややナーバスな心持ちになる。

自分のそのような育ちを思い出すからだろう。そして、子どもたちに「感謝」を強要する日にならないように、と自分の中で細心の注意を払うからだろう。

私にとって、〈母の日〉と〈子どもたちの誕生日〉は、「自分を母にしてくれた子どもたちに感謝する日」だ。

その方がしっくりくる。

感謝とは、「そう感じ、伝えたい。」と思ったら伝えればいいし、伝えなくても、ふと見え隠れする子どもたちの言動から感じることもたくさんある。

余談であるが、夫が母の日に、妻である私に、花をプレゼントするなどと考えないように、昔から釘を刺してある。「私は、あなたのお母さんではありません。」と。だから、夫から何かを贈られることもない。

昨日は、夕飯に、子どもたちが喜びそうなもの、ちょっとだけ特別感のある盛り付けにでもしようと思い、サーモンのムニエル、マッシュポテト、人参とナッツのサラダをワンプレートにした。

食卓を見た長男が、「わ!美味しそう!あぁ、母の日だからか!」と声を上げた。

・・・何だか、違う気もしたが、笑ってしまった。
でも、それくらいの方がいいね。

皆で食卓につくと、二男が「あ!ちょっと待ってて!」と、自分の机スペースに消え、なにやらガサゴソしている。

「お待たせ〜!お母さん、母の日、おめでとう!」

二男は、折り紙で作った花束を抱えていた。

あなたって、そういう人だよね。
いつも、さり気なく誰かを喜ばせる人。

末娘が、それを見て「何にもプレゼント用意してなかった〜」と残念がるのが、また面白い。末娘は、プレゼントするのが好きなのだ。それも、誰かを喜ばせたいという気持ちからなのだろうと思う。

「あなたが、毎日元気で楽しくしているのが、一番のプレゼントだから、いいんだよ。」と末娘に伝えると、「あ!そうか!そうか!」と、あっさり納得する。面白いなぁ。

家族で食卓を囲み「母の日おめでとう!」と乾杯した。

長男が「今日が母の日って、知ってはいた。」と言う。いつから?と尋ねると、「3日くらい前から。カレンダーに書いてあるから。」

あぁ、カレンダーに印刷されてるのを見たのか。

母の日が「お母さん、ありがとう」と伝えるらしい日、と知っていても、その流れに乗ることなく、乗せられることなく、自分の気持ちに誠実に、日々を過ごせる長男をいいな、と思っている。

自分が、伝えたい、そう思うときに、動けば、伝えれば、いいのだから。

それが、母の日や、特別な記念日である必要はないと思う。

「これまで元気に育ってくれて、私を母にしてくれて、ありがとう。」

子どもたちに感謝する日。
一緒に子どもたちの育ちに寄り添ってくれる夫に感謝する日。
みんなが、母であることを「おめでとう」と祝ってくれる日。

それが、私にとっての「母の日」だ。
私は、家族から日々、たくさんの「ありがとう」を受け取っている。

母の日の翌日である今日。

「一日遅れたけど・・・・」と、長男が、素敵な手作りカードをプレゼントしてくれた。

「思ったより時間がかかって、昨日に間に合わなかった。」

そんな素振りをまったく見せなかった、ツンデレの長男の贈り物。

「Congratulations」の綴りが間違っていたが、それも、また可愛くて、
そのままにしてしまった。

仕事から帰宅した、その間違いを夫が指摘した為、「なんで教えてくれなかったの?!」と言われたが、そんな間違いも、今だけだから。

母の日のルーツについて子どもたちに話をした。

すると、長男が、「宗教云々じゃなくて、ただ、お母さん、ありがとう、って言う日っていうのが、いいと思う。」と。

私にとっては、毎日が、「母の日」だ。
毎日が、子どもたちに感謝する日だ。

あなた達のお母さんにしてくれて、ありがとう。


二男の作ってくれた花束。
可愛らしく癒やされる。
長男が作ってくれた
「フクロウチョウ」の切り絵カード。
細かい作業が得意な長男。
元気に毎日過ごしているアナタの姿が
一番の贈り物です。笑


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
やなぎだ けいこ

学校に行かない選択をしたこどもたちのさらなる選択肢のため&サポートしてくれた方も私たちも、めぐりめぐって、お互いが幸せになる遣い方したいと思います!

おいしいはしあわせ。
やなぎだ けいこ
東京生まれ東京育ち。障害児施設・公立保育園に10年勤務後、神奈川県逗子市にて玄米おむすび専門店を立ち上げる。家族それぞれが「育つこと」を考え2011年に札幌市に移住。山にほど近い環境で、鍼灸師の夫と学校に行かない選択をしている三人の子どもたちとの「漫画みたいな毎日」。