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漫画みたいな毎日。「手の届きそうな熱よりも。」

集団が苦手だ。
いつからだろう?

小さい頃から、人の輪の中にいて、多少合わせることが出来ていたとしても、自分がまるで幽体離脱でもしているかのように、楽しんでいる人たちや、その場にそれなりに合わせている自分を見ている自分がいたように思う。親戚の集まりなどは、苦手だが、参加するしか選択肢がなかったので、人間観察に徹する。

小学生の頃は、地域のソフトボールクラブに入っていた。正しくは、野球好きで大の巨人ファンであった父親に半ば無理やり入れられたのだ。父は星一徹ではないし、私は星飛雄馬ではなかったので、熱血指導とは程遠かったのが救いだった。

早朝練習の日には雨を期待してカーテンを開け、放課後の練習に招集されることが苦痛で終始不機嫌、やる気ゼロの子どもであり、監督やコーチにしてみれば、可愛げの欠片もなかったであろう。

それなのに、辞めるタイミングを逸し続け、練習は好きじゃなかったけれど、6年間在籍し、それなりにやっていた。5年生と6年生の時には、都の大会で連続3位となり、6年生の時には、チームに、ハワイでソフトボール留学の話が出たこともあった。

ソフトボールは、チームプレイと言われたら、そうなのだと思う。練習は皆でやるけれど、そこまで私の中での集団意識が芽生えなかった。

左利きでピッチャーがポジションだった私は、孤独だった気がする。
どんなに周囲に仲間が居ても、マウンドの上では独りだ。

練習は嫌いなのに負けるのは嫌だった。
負けず嫌いではあったので、悔しくて泣いたこともあったが、練習に熱が入るのは一瞬で、どうにも熱くなれない。そもそもソフトボールが好きだったかと問われたら、特に嫌いではなかった、ということなのだろう。

ここまで読んだ夫から、『・・・負けず嫌いなのに、練習嫌いって最低だね。笑』とのコメントが届いた。ご尤も。でも、そういう子どもだったのだ。


小学生のときも、中高でも、たくさんの人が何かで盛り上がっていても、その輪の中に居ても、どこか冷静にその状況を見ている自分がいて、

「めちゃくちゃ楽しい!!!!」

と、振り切れない。

職場でも、子どもたちと通う幼稚園でも、集団となれば、同じ。

今では、その輪に入ることすらしなくなってしまった。

楽しんでいる人がいるのは、それで良いのだし、遠くから眺める。
それはそれで、楽だし、私の居場所はそこではないのだと感じている。
私が楽しいと感じる事柄は、別の場所にある。
楽しいの共有は、人それぞれの形があると思っている。

熱くなれるということは、エネルギーに溢れていること。
おぉ!熱い!とちょっと離れて眺める。

私には熱すぎる。

熱いのは苦手。
熱くなることや感動を、無言で強要されることなどは、論外。

音楽を聞いていても、熱すぎると辛くなることがある。
勿論、何が熱いと感じるかも、ひとそれぞれ。

私の中では、歌い方とか、息づかいとか、
メロディーラインとか、言葉の選び方とか、
〈熱い〉基準がなにかしら作動するのだけれど、説明するのが難しい。

Spitzがものすごく好きなのだけれど、
彼らの奏でる音楽は、熱いけれど、熱くない。
深いところからの熱を感じるのに、熱くはない。

草野マサムネ氏の歌い方が、私にとっての適温。

どんな熱いリズムの曲も、涼しい顔で歌う。
息ひとつ、乱れることなく。
どんなエロティックな歌詞も、飄々と歌う。
そのとき、言葉は音となる。

彼らの音楽は、熱を持っている。
昨年、2022年で結成35周年。
その間、その熱は醒めることなく、続いている。

Spitzの音楽は、一見、わかりやすいと感じられるような反骨精神として表現されるロックにロック魂で反発するロックではないだろうか。

私は、ちょっと捻くれているから、〈わかりやすさ〉を警戒してしまうようだ。本当にそうなの?そんなに簡単に自分に理解できることなんてあるの?

〈わかりにくい〉ことを、これはいったいどういうことなのだろう?
と、自分の中で考えることが好きなのだと思う。

ぐるぐる、考える。
答えが出なくても、考える。

そして、ちょっとわかりにくいことの奥の方に、
消えない熱を感じるのが好きなのだと思う。

すぐに手の届きそうな熱ではない熱を、
私は求めている。

熱いのが苦手。
でも、熱を持っていないわけではない。

私は、私の、熱を持って生きている。
そうやって、生きていく。


すぐに届きそうな熱よりも
わずかな自由で飛ぶよ 虹を越えて 
何もかも 風に砕けて
色になっていく 虹を越えて
虹を越えて 虹を越えて 越えて

Spitz「虹を越えて」


追記・「今回は、Spitz愛についての記事なんだね?」と夫よりコメント。
ハイ、そうです。ヘッダーは、2017年9月・二男がレゴで作った草野マサムネ氏。そういえば、2017年9月19日は、Spitzのライブが末娘産後4日目で行くことが出来なかった。産院を抜け出して、車椅子でライブ?とか、〈産院大脱走〉の妄想をしてみたものの、どう考えても無理だったので、泣く泣く諦め、友人夫婦にお願いし、長男をライブに連れていってもらった。長男は、ライブで舞った紙吹雪をお土産にと持ち帰り、産院の病室でライブの様子を再現してくれたっけ。懐かしい。産後であるため、子ども部屋がグッチャグチャだが、それもまた懐かしい、ということにしておきたい。

学校に行かない選択をしたこどもたちのさらなる選択肢のため&サポートしてくれた方も私たちも、めぐりめぐって、お互いが幸せになる遣い方したいと思います!