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吉本ばななと村上春樹と宮本輝、そして読書について

 子供の頃はなぜかいつも悲しかった。よしもとばなな(当時は作家名がこう綴られていた。)の小説を読むと、いつもその感覚と景色を思い出す。
 日曜日に窓から空を見上げ、流れていく雲を目で追っていたこと。庭にあった小さな池。裏庭から海岸沿いの松林へと続く砂丘。家のすぐ隣にある中学校の体育館の窓に反射する夕日。
 普通の家庭に育ったと思っている。どこの家にもそれなりの問題はあるはずだから。だけど、あんなに悲しかったのはなぜだろう。
 初めて読んだ彼女の小説は「TUGUMI」で、すっかり虜になった。その文章は、水面に反射するキラキラする光みたいだった。「キッチン」「マリカのソファー」、1999年に私が日本を離れる前に出版された作品は全部読んだ。そして私のお気に入りは「哀しい予感」で、最近久しぶりに(多分20年ぶり!)に読み返してみたら、やっぱり心洗われる気持ちになった。
 彼女の作品を読むと、このままの私でいいんだと思えたのかもしれない。完璧でなくていい。欠けたところがあっていいんだって。
 (大学を退学した後、彼女の作品を出版していた出版社でアルバイトできたのは、幸運だった。私は営業部の手伝いだったけれど、編集部には同郷で同じ高校出身の人がふたり、活躍しているのも嬉しかったな。)

 10代の頃は、村上春樹も好きだった。高校2年の時に「ノルウェイの森」を読んで以来、「スプートニクの恋人」以前の長編小説はほとんど読んだ。
 ニューヨークに渡った後は、「海辺のカフカ」に失望して以来、彼の小説を読まなくなってしまったのだけれど、「走ることについて語るときに僕の語ること」が雑誌ニューヨーカーに掲載されていたのを読んで、少し共感できた。
 彼が翻訳をしているジョン・アーヴィングやレイモンド・カーヴァーは私の好きな作家だった。(彼の翻訳で、「ライ麦畑でつかまえて」の新訳が出たが、私は野崎孝さんの訳が断然いいと思っている。)
 なぜあんなに彼の作品が好きだったのか、思い出せずにいたのだけれど、最近「一人称単数」を読んで、なんとなく理解できた。彼が描く世界は私が想像にふける世界に近いのかもしれない。 だから10代の時は、それが自分の感性に合っていると思っていたのだけれど、年を重ねて、そして自分もアメリカで生活するようになって、彼が書くことは私も考えるけれど(そして時には共感できるけれど)、表には出すべきではないと感じていて、彼がそれを書いて人々に見せているということに、イライラしてしまうのだ。これを読んだ人はどう感じるだろうかと、自分のことのように心配してしまう。そしてこの本のなかの「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」という短編について言えば、私が好きな『コルコヴァド』(私が唯一歌えるボサノヴァの曲)を、物語のテーマのように使っていることが気に入らない。 この曲はあまりにも知られているし、別の曲を使ってもよかったのでは、と思ってしまう。
 批判に聞こえたら、ごめんなさい。これだけ文句が出るということは、やはり私は今でも彼のことが気になっているのだ。実は彼については、他にも話がたくさんあるので、今後また話そう。
 そして、今週出る新刊は読もうと思っている。

 大学時代に宮本輝の作品に出会って、彼のエッセイも小説も大好きになった。特に随筆「二十歳の火影」と「命の器」には心を動かされて、何度も読んで勇気みたいなものをもらっていた。彼の書くものには、いつも悲しみがついてくる感じがしたけれど、人間の弱さを温かい気持ちで受け止めてくれるように感じて、当時の私にとって、心の支えになっていた。

 読書といえば、 なぜか今でも思い出すことがある。20年前、日本を旅立つ前のある日曜日、当時東京で半同棲していた彼と私は、別々の部屋でそれぞれ、一日中本を読んで過ごしたことがあった。あの日の静かな午後の空気。暮れていく空の色。ベランダから吹き込むそよ風。
 私たちが読んでいたのは発売されたばかりのミステリー小説で(「永遠の仔」)、私は下巻を読み、私が読み終わった上巻を彼が読んでいた。 好きな人と一緒にいるのに、別々の空間で自分だけの本の世界に浸りたいという、不思議な感覚。
 
 子供の頃はもっと、というより、いつも本を読んでいた。あの頃はいつも、「ここではないどこかへ」行きたいと思っていた。いつも悲しかった。
 最初のエッセイに書いたように、読書は私にアメリカへ渡るきっかけをつくってくれた。そして本があったから、私はなんとか子供時代を乗り切ってこれたのだと思う。

 あれから長い月日が経ったけど、 読書はわたしにとって、昔も今も、現実逃避なのかもしれない。何年振りかで休日に本を読んで、そう思った。ここ数年は、逃避する暇さえなかった。これからはまた、もっと現実逃避をしよう。

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