シネマ06 祝福
「一緒に行きたいところがあるんだ」
「え、もう零時過ぎてるのに?」
雨上がりの街を歩く。肩が触れ合うたびに、ほのかに溶け合うホワイトリリー。隣の君は、「ねえ、どこに行くの?」と首を傾げている。その顔。その顔は、ズルい。真っ白な君の頬には、“ワクワク”とはっきりと書かれている。そして、君の目は、水溜りに映る月の光のように、“キラキラ”と輝いている。
「ねえ、ねえ…」
不意に、ジャケットの裾が引かれ、君との距離が近づく。
「ねえ!琉飛!あの雲、こないだ見た雲みたい!ほら、竜の!」
あー、ホントかわいい。「…ホントだね」なんて言ってみたけれど、いつだって俺の視線は空へは向かない。
「ねえ、ちゃんと見た?」
正直に言おう。ごめん、見てない。……俺が見ていたのは、君の横顔だなんて、言えなくて。「見たよ」と返すと、隣の君は案の定。頬を膨らませている。
「目的地。もう、わかったでしょ」
そう聞いてみたけど、返ってきたのは、鼻歌。最近、君がハマっているバンドだ。「キミが好き」そんな歌詞で、君は俺の手を取り、恋人繋ぎ。ズルいって…。
「着いたよ」
目的地。看板の文字は“シネマ”だけで、肝心の名前は姿を消している。ここに来るのは、先月ぶりだ。
重い扉の先。広々としたエントランスホール。看板のわりに、内装は新しく落ち着いた雰囲気が漂っている。映画館なのに、ポスターや上演スケジュールがない。その理由も…もう知っている。
今宵は、俺が君に言う。
「ちょっと、待ってて」
チケット売り場から戻り、しれっと恋人繋ぎをしてみる。じんわり。君の熱が伝わってくる。
〈シアター06〉の扉を開けると、スクリーンも、座席もない。代わりに、カウンター席と、たくさんのお酒が並ぶ棚が目に止まる。映画館じゃなくて、バーなんだよなあ。それを知ったあの夜が思い出される。
薄暗い店内。天井から吊るされた灯りが、テーブルに月を作る。
「マスター、お願いします」
俺は、先程買ったチケットを初老の紳士─マスター─に手渡す。
マスターは、俺らに微笑んで言う。
「少々お待ちください」
「どうぞ、楽しいひとときを」
テーブルの月のちょうど真ん中。置かれたのは、カクテル。
「乾杯」
「乾杯!!」
溢れないように、そっとカクテルグラスを触れ合わせ、そして、ひとくち。カカオの甘みと生クリームのまろやかな味わいが口に広がる。
「あっ………」
君の声が響く。さっきまでバーにいたのに。今、俺らの周りには、大きなスクリーンがある。生まれたばかりの君。一歳。二歳……スクリーンに君の成長が映し出されていく。少し気恥ずかしそうにしながらも、君は「懐かしい」と可愛らしい声をこぼす。
スクリーンの写真は、二十一歳で止まる。
カクテルグラスを少しだけ持ち上げて。俺は、君を見つめる。
「穂乃歌。二十二歳のお誕生日おめでとう。君に“祝福”を」
君の真っ直ぐな目が、俺を捉える。スクリーンが、ふたりの“今”を捉える。
「このカクテル、“プリンセス・メアリー”って言うんだ。カクテル言葉は、“祝福”。…………穂乃歌。生まれてきてくれて。そして、俺の隣を選んでくれてありがとう。これ、プレゼント」
「わあ!ドライフラワーの花束だ。……あれ、この花って……」
「うん、“千日紅“。“ジンライム”のお返し」
帰り道。
君は、小さな声で何度も何度も「花束を渡されるなんて聞いてないよ…」と言って優しく花束を抱き締めている。そんな君が愛おしくて。たまらなくて。気づいたら、君を抱き締めていた。
「来年も、期待してる」。君は、俺の腕のなかで、いたずらに笑う。
来年も、再来年も。その先も。俺は何度だって、君の隣で。君を“祝福”し続けるよ。
どうか、君にとって素敵な一年になりますように。
Special thanks
私の大切なお友達と、その彼氏さん
大切なお友達。お誕生日おめでとう。
ふたりにとって、素敵な一年になりますように。
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