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シネマ06 永遠の感謝

 いつの間にかポストに投函されていた、褐色の封筒。開けてみる。すると、そこには“招待状”?

 日時:2021年8月〇〇日 午前零時
 場所:〇〇六丁目〇‐〇‐〇〇

 宛名もない。ただ、日時と場所だけが書かれている。だけど、差出人は明らかで。隠したいのか、そうじゃないのか。どっちなんだ。……ん?もう一枚、紙が入っている。映画のチケット?


 午前零時、路地裏。
 こんな時間に呼び出して…。一体、何を考えているんだか。えーっと?この辺のはずだけど。あっ。映画館。ここか。看板の文字は“シネマ”だけで、肝心の名前は姿を消している。随分、歴史を感じる映画館だ。

 重い扉の先。広々としたエントランスホール。看板のわりに、内装は新しく落ち着いた雰囲気が漂っている。映画館なのに、ポスターや上演スケジュールがない。変わった映画館だな…。ブー、ブー。メールだ。

 〈シアター06〉で待ってるよ。

 〈シアター06〉の扉を開けると、スクリーンも、座席もない。代わりに、カウンター席と、たくさんのお酒が並ぶ棚が目に止まる。
 「あ、きたきた」
 こちらに向かい、ひらひらと手を振るのは、友人のすみれ。そして、優しく微笑む初老の紳士。この店のマスターだろうか。
 「どうしたの?呼び出したりして」
 「んー、あとでわかるよ。あっ、そうだ。チケット入ってたでしょ」
 私の話なんてお構いなしに、すみれが両指で長方形を作る。封筒のことを言いたいんだろう。わかってしまう自分に対して拍手。さすが、仲良し七年目。
 「映画のチケットだよね。でも、ここってバーだよね?映画は?」
 「ま、とりあえず出してよ」
 はいはい。と言いながら、言われるがままにチケットを鞄から取り出す。そのチケットを、私の手からヒョイっと取り、すみれはマスターにチケットを渡す。
 「マスター、よろしくお願いします」
 マスターは、私たちに微笑んで言った。コントラバスが似合う、そんな声で。
 「少々お待ちください」


 「どうぞ、楽しいひとときを」
 薄暗い店内。天井から吊るされた灯りが、テーブルに月を作る。そして、その月のちょうど真ん中。置かれたのは、カクテル。

 重なり合う、カクテルグラスの影。ふたつ。
 「かん…違う。プロースト……発音合ってる?」
 すみれが不安そうな顔でこちらを覗き込む。ふふっと、ふたりの笑みがカクテルグラスの中で揺らぐ。それでは、お手本を。
 「Prost!!」
 「さすが、Gustav Schmidtグスタフ・シュミット!」
 「いや、なんで、フルネーム…」

 ひとくち。ウィスキーと混ざり合う、レモンとライム。爽やかさが口いっぱいに広がる。そして、少し顔を覗かせる甘さ。美味しい…そう言おうと、顔を上げる。



 「え?」


 え?なに?ここは……?さっきまで、バーだったのに。ここは…映画館?
 「ふふ、めちゃくちゃ驚いてるじゃん。……あっ、もうすぐ始まるみたいよ」
 いたずらに笑うすみれの視線は、スクリーンのもとへ。つられて、そちらを見ると……。


 ひとりぼっちで泣いている少女。
 少女の唇が動く。
 「          」

 場面が切り替わる。
 これは。カクテルグラスを重ね合わせる、すみれと私の姿。


 スクリーンを見つめたまま、すみれが言う。
 「私さ、ずっとね。“友だちなんていらない”って思ってたんだ。でもね、Gustavグスタフと出会ってそれが変わった。喧嘩もした。仲直りもした。くだらない話で盛り上がって、私のアイラインが消えるほど笑った。悩みを打ち明けた日もあったね。私、ずっと嘘だと思ってたけど…あの言葉は、本当だったのね…」
 すみれの視線は、スクリーンからカクテルグラスへ。
 「このカクテルね、“カルフォルニア・レモネード”っていって。“永遠の感謝”って意味なんだよ」
 すみれは、まっすぐ私を見つめて言う。
 「ありがとう。私と出会ってくれて」


 気がつくと、バーに戻っていた。
 すみれが、静かに言う。
 「“So notwendig wie die Freundschaft ist nichts im Leben.”は本当ね」
 すみれの発音は辿々しく、意味を取るのに時間がかかったけれど、言いたいことははっきりとわかった。
 「発音どうにかしなさいよ」
 「仕方ないじゃん。ドイツ語は習ったことないんだから」
 「教えるからさ」
 ふたりして、ふふっと笑って。私たちは、空のカクテルグラスを掲げて、心からの想いを込めて言った。出会えたことに…。
 「「Danke schön!!!!!」」



Special Thanks 
 ドイツ名にするほど、ドイツ語が好き?な友人
 君と出会えたこと。心から感謝してます。

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