職場内コミュニケーションの重要性を感じた日


「すみません…こんなつもりじゃなかったんですけど…」

また泣いてしまった。

昨年運転士となり、この職場で泣いたのは初めてだった。

「この」がつくということは前の職場でも泣いたのかと問われることになるが無論泣いたことがある。

そもそも私は涙脆い性格で感動、同情、後悔、怒り、歓喜など様々な感情を涙で表現する。
というか勝手に身体が涙で表現してしまうので本人としては困っている。

時は3日前まで遡る。
8月某日、その日の私の勤務は午後出勤で目覚まし時計も出勤の2時間前、12時に設定していた。このアラームは起きるためのアラームではなく、そろそろ出勤の準備をしなさいというアラームであり、20代後半を迎える私は昼まで寝る体力も備わっておらず午前中に目を覚ましてしまう身体になってしまった。

しかし何やら閉じた瞼の先から嫌な音が聞こえる。
これは夢ではない。現実からの音だ。
携帯電話の着信音、普段の生活で携帯電話の着信音は職場からの電話を予期させる。社会人になってからトラウマにもなった不快な音楽。

瞼を開け携帯画面を確認する。
やはり職場からだ。この画面を見て職場の表示を確認する1秒間で頭をフル回転させる。
「何をやらかした」「この前の乗務何もなかった」「寝坊?いやまだ出勤まで6時間以上ある」「となると呼び出しか?」

「お疲れ様です。おはようございます」
「おはよう!ごめん寝てたね?」

助役の声である。まず一言目のごめんで自分の過失がないことを確信する。
寝坊でもない。ただ客からのクレームの可能性は残っている…
「はい。寝てました」と殆ど脳は覚醒していたが寝ぼけた演技で返事を返す。

「ごめんねー。今度の○日なんだけど、乗務できる?」

今度の○日は特休、つまり休みだった。いつもなら二つ返事で乗務を承諾するのだが、その日は母校の夏の甲子園1回戦の日だった。今年から一般客の入場が許可され、休みであれば現地へ応援に行くつもりだった。私は高校時代応援部に所属していたため、野球部への熱が一般卒業生よりも高い。母校は去年も夏の甲子園に出場しており、2年連続出場するほど甲子園常連高校であるが、1回1回の出場を大事にしたい。そして何より今年のメンバーは今年でしか見れない。と私の高校野球好きの戯言はどうでも良い。

またコロナか…と頭をよぎる。

最近職場では今更コロナが流行り始めた。そのため勤務変更を言い渡されることが多くなった。勿論休日出勤を余儀なくされることもあり、急に呼び出されることにも慣れっこだった。

「んー全然良いんですけど、その日母校が甲子園の試合の日でして、甲子園まで行きたかったので、出来れば乗りたくないというか…。あんま我儘言いたくないんですけど」

一応牽制球を投げる

「いや…もう代わりがいなくてね…。申し訳ないけど乗ってもらうしかないんだよね…」

助役の声が小さくなっていく。
嗚呼本当に代わりが居ないんだな…

「じゃあ全然いいっすよ!仕方ないっすもん」

助役の困った顔が容易に想像できたので乗務を承諾した。

私は電話があったその日から
日勤、日勤、泊まり勤務、非番の4連勤だった。
その4連勤後には2連休があるのだが、それが1日しか休めないということになった。

私の乗務員区所は予備人数も少なくなく、1人や2人コロナで出勤不可となっても問題なく乗務員を回すことができていた。他の区所では1か月の間に2連休が全くなかったり、休日に無理矢理超勤という形で乗務させているような状況。そんな区所に比べればうちの区所はまだ恵まれていた。1日休みが減るくらいどうってことない。その時はそれぐらいの気持ちだった。

その日の乗務点呼、いつものように点呼台に向かう。

「29仕業、乗務点呼お願いします」

普段と変わりない光景。この4連勤の交番はかなり体力と精神を削られる。1日目の日勤は乗務列車こそ少ないものの長い時間拘束される乗務員から人気のない仕業である。4連勤1日目、休日が1日減らされたことが気になるがいつも通り乗務していこう。そんな気分だった。

しかしその点呼の時、違和感を覚えた。
勤務変更について助役から何も言ってこなかった。その違和感は次の日の日勤、そして2日後の泊まり勤務の日も続いた。

泊まり勤務当日の最後の乗務列車は回送列車。最終列車を運転し、泊まり先までは回送で送り込み。回送列車の運転準備が終わり信号を待っている時、真っ赤な停止信号が滲んで見えた。

涙だ…

もう既に頭の中は真っ白だった。

何か自分がミスをしたわけでも、客から理不尽に怒られたわけでもないのに涙が止まらなかった。

原因は分かっていた。
3日後の休日出勤についてだ。

個人的に休日出勤については何も思っていない。少し感じるとすれば母校の甲子園の応援に行けないこと。しかしこの程度は社会人ならよくあること。仕方ないと思い諦めはついていた。

それなのに私の目から涙は止まらない。

回送列車発車の1分前、出発要求ボタンを押した。

赤く滲んだ信号の現示は進行を示す青色現示となった。

「2番出発進行…」

声にもならない声で出発信号を喚呼し、震えた人差し指で信号を指差するのが限界だった。

回送列車を発車させた。

静かに涙を流す私以外誰も乗っていない回送列車の箱は宇宙より広く感じた。
私を中心にその孤独感は2両編成の車内を支配していく。そして行き場のない感情と共に速度を上げ、車両の外にまで広がっていくような気がした。宇宙はその広がりに限界があり、広がった先には無が待っていると言われているが、私の孤独はその先すら突破してしまうような感覚に陥った。

それでも運転を続け、泊まり先の駅の手前で無理矢理声を出し涙を抑えた。今から車掌と入換作業をしなければならない。可愛い後輩の前で涙を流すのは許されない。後輩に無駄な心配をさせる先輩は先輩失格だ。私の意地が涙を止めた。

停目のところには後輩の車掌と駅員が待っていた。何とか泊まり先まで来れた。
列車を完全に停止させた時、無事に運転できたことにホッとし胸を撫で下ろした。

後輩の前ではいつもより元気な自分を見せた。虚勢を張り、また休日出勤をさせられると文句を散らかす嫌な先輩を演じた。涙を溜めていたダムが決壊しないようにするには、これくらいしか方法が見つからなかった。

それから泊まり先でも、次の日の列車の中でも私は考え事で頭がいっぱいだった。

私は運転士失格だ

どんなことがあろうと人の命を預かる私が他のことを考えながら運転することは決して許されない。今回運良く何事もなく自区まで帰ることが出来たが2度と考え事を乗務中に持たぬように歯止めをかける必要がある。

「お疲れ様です。31仕業退勤点呼お願いします。本日異常なしです。」

「異常なし。お疲れ様でした。」

「次勤務確認お願いします。」

「次勤務は勤務変更で1休みで22仕業ですね。お願いします。」

「あの…」

ここで私は盛大に文句を言うつもりだった。

私がこの4日間考え事で頭がいっぱいとなり、ストレスが自分のキャパシティから溢れ涙となり感情が滅茶苦茶にかき乱されたことを荒々しい言葉で助役にぶつけてやるつもりだった。

しかし無理だった。

「おい…大丈夫か!?」

「すみません…こんなつもりじゃなかったんですけど…」

やってしまった

助役の目の前でポロポロと涙が溢れてきた。
それでも私は本当に言いたいことはここで言っておかなければ、この先気持ち良く勤務変更を受け入れることができないと確信し、涙声でも言いたかったことを言った。

勤務変更は全然大丈夫なこと
今運転士が足りておらず休日出勤にはなるが、それも了承していること
勤務変更が日常的に発生していて助役の頭も困惑していること

「でも…職場に出た時に面と向かって一言、『ありがとう』か『ごめん』は言ってください」

私はこの4日間、この事だけを考えていた。

コロナで運転士が足りていない今、元気で働ける運転士に何度も電話をかけ、休日に出勤してもらうようにお願いしていることは勤務管理をしていない私でも容易に想像ができた。私が休日出勤を要請されたのも誰かがコロナになり穴を埋めるためだ。だから誰も悪くない。本来謝るべき人はいないのだ。

しかし助役は勤務管理について腹を括って責任を取らなければいけない。本当は「コロナになった奴が謝れ」と言いたいのかもしれない。それでも助役は管理職試験を受けて希望して社員を管理する立場になった。運転士からすれば会社側の人間だ。運転士の出勤に穴が開けば、列車を運休させなければならないかもしれない。列車が運休すれば利用者が困り、会社の信用が落ちるかもしれない。だからこそ助役は頭を下げてでも運転士に休日出勤を強いらなければいけない。

助役も本当は運転士にはしっかり休日を与えて、仕事の日は気持ちよく運転してほしいはずなのだ。休養の適正がなければ要らぬ事故を引き起こす可能性があるからだ。運転士の仕事はそれだけ体力と精神力が必要だと助役も重々理解している。何故なら助役も乗務員経験者だからだ。

でもそんな論理は私にはどうでもよかった。

ただ一言「代わってくれてありがとう」「休日出勤ごめんね」と言ってくれればそれでよかった。その一言さえあれば休日出勤だろうが気持ちよく運転していただろう。しかしこの4日間、勤務変更について触れる助役は1人もいなかった。電話をかけてきた助役ですら何も言ってこなかったのだ。

勿論「勤務変更になった運転士に申し訳ない」などと本音はそんな事1mmも思ってなくて良い、しかしそこでコミュニケーションを取らなければお互い気持ち良く仕事ができるはずがない。

結果論が全てで休みが結局減ってるんだからと文句を言う人もいるが、人情派で困ってる人がいるならという人間も居るはずだ。私は後者のつもりだ。しかし、いかなる場合でも「ごめん」「ありがとう」という言葉が言えない人間の下で働きたいと感じる人は居ないだろう。少なくとも私は「ごめん」「ありがとう」を言えない人がいる会社を選んで入社したつもりはない。また勤務変更が多すぎて誰に言わなければいけないのか分からなくなってしまった今こそ、そういったコミュニケーションをとる事で、安心感を与え「困った時はお互い様」という良い意味で日本的な感情が芽生え、円滑に勤務管理ができるのではないかと私は思う。

「本当にすみませんでした。悲しい思いをさせちゃったね」

助役が深々と頭を下げた。

入社5年目、最近27歳の誕生日を迎えた中堅の域になりつつある社員が泣き脅しのようになってしまって私も大反省した。

助役も勤務交代が多すぎて配慮が足りなかったと自覚はあったみたいだ。これからは電話で頼んだ後、職場に出てきたら直接面と向かってコミュニケーションを取ることを約束してくれた。

やはり私以外の乗務員も電話で頼んできたくせにと思っている人もいるみたいだ。しかし直接の感謝や謝罪の言葉のあるなしで勤務変更のモチベーションは桁違いに変わってくるはずだ。これから先、私もコロナになって勤務変更をしてもらう可能性もある。だからこそ、助役には勤務変更を被った人にコミュニケーションを取ってもらいたい。私の代わりに出勤して事故でも発生したら申し訳が立たない。せめてマイナスの感情を最小限にして運転していただきたい。

管理職である助役は普段の業務も非常に大変だが、私を弄り笑ってストレス解消になるのであれば私も弄られがいがあるものだ。

普段そんなコミュニケーションをしているからこそ、今回酷く悲しく孤独を感じてしまったのだ。

これからお互い感謝をし協力し合える職場になれるよう、私も最大限の協力をしていきたい。

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