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BAR すがはら:マイアミ

結構忘れられない男の話をする。

あなたをイメージしたカクテルです、と記憶が正しければバーテンダーはそう言ってそのカクテルを差し出した。

私に合うカクテルを、なんて白けたオーダーは自分からはしないはずだから、突然に。
きっと、私がその男と一緒にいて、少し困っていたのが見えたのだろう。


マイアミは、ラムベースでレモンジュースとシェイクした、強くて、鮮やかなイエローのショートカクテルだ。
初めてその時に飲むまで、私はその名も存在も知らなかったのだが、レモンジュースとあって、とてもスッキリした飲み心地と、ほのかにミントの香りがする。
私はどれだけクールな女に見えたんだろう、と一人で少し笑ってしまった。


その男のことがとても好きだった。多分、今だって好きだ。
15歳年上のフリーランスの業界人だった。
そんな業界にイメージの悪さが偏見のようにあったのだが、それを裏切るように真面目な人間で、仕事に相当の時間を費やして生きていた。
本当は家族みんながなるべき職業があって、自分だってそのつもりだったと言った。


日常生活に影響はないが小さな病気があるせいで、その当時はその職業はもちろん色々な企業に入ることがその時点で潰えたという。
全部どうでもよくなって、すごく忙しくて、どんな人間でもなることができて、でも作品を創ることができるADとして働き始めたと。


彼の目はいつも優しくて、どんな気持ちも受け止めていて、いつだって少し寂しそうだった。そんな彼は、私を見てよく俺と似ている、と言っていた。私も彼をそう思うから好きだった。
たくさんの仕事の話を聞いた。聞きながら、彼の人間性や信念を感じるのがとても好きだった。彼にだったら、どんな自分も見せることができていた気がした。


「世の中の引きこもりやオタクが1日を頑張ろうと思うために番組を創る」と、とても人気のあるアイドルたちと仕事をしながら、若いだけのアイドルなんて大嫌いだと語っていた。
私はテレビで名前を聞く有名人ばかりで、当然少し嫉妬しながらそれを聞いていたように思う。


半年ぶりに会う彼は、そのバーに行く頃は既に気持ちよく酔っていて、静かな店にしては大きめな声で私への賛辞を述べていた。
別れてしまった後も、月に1回ほど、連絡を取り合ったりしていたから、会って食事でもと言ってくれた時は素直に嬉しかった。


そんな酔っている彼を前に私はなぜかちっとも酔えず、楽しいはずなのにどういう顔をしたらいいかわからず戸惑っていたと思う。
好きなものに手を伸ばしたいけど、伸ばすのを許してもらえていない、子供のような気持ちで。


カクテルを差し出したバーテンダーはどのような気持ちだったのだろう。
もう少し酔って楽しくなれますよう、なのか。
強い女でいてください、なのか。
そういう時もありますよね、なのか。


飲めば飲むほど酔うはずなのに、私にとっては背筋が伸びるカクテルで、今もよく口にしている。
背筋は伸びるけれど、今でも彼のことは忘れられそうにない。

彼の人間性や、作品や、話したこと聞いてくれたこと、それらをもうきっと二度と会えない人との思い出として持つのはなかなか人生はハードなものである。
彼の作品をたまに見て、静かに応援しながら、私はこのカクテルのように少し強い凜とした女にならなければな、と思うのだ。

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