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スミノフを外で飲む季節にはいつも

寒さが緩むこの時期から
私はスミノフの瓶を手にとって
この甘ったるい液体を楽しむ
ぬるくなってしまってはとても飲めないこの甘い何かを
毎年暖かい時期に外デートをすると
ふと思い出して手に取っている

江ノ電の線路沿いの小さなアパートの一室を借りて
サーファーが集って住んでいるであろうチープで明るい雰囲気に酔う
定期的に電車が通り部屋全体が大きく揺れる
大きな音と揺れの余韻に引っ張られ自分が今いる場所が分からなくなって
強く立たなくてはと少し足に力を入れながらきゅっと目を閉じる
そしてやっと少しだけ我に返る

昨日までは何もなかったこの場所に
ふと新しい関係が生まれて
手に入ってしまえば失うことが怖くなって
人間はなんて自分勝手で贅沢でわがままで
私は三ヶ月後にはこの場所からいなくなるし
彼の元には来月家族が帰ってくるだろう
完全に終わりが見えていながら始めることの意味を考えて
意味なんてないのかと強く感じ
意味はなくたって触れてしまおうと思った自分は弱いのか図太いのか
始まってしまえば転がるように失いたくなくなって
これまでの何でもなかった時間を恨むように羨むように密度濃く求めあった

初めて身体の関係を持った翌朝
その男は今日は昼間のデートがしたいという
近場だとどうしても誰かに見つかるとちょっとねえと言いながらいくつもの街をスキップし
鎌倉は?と好きな街を挙げると無邪気な快諾の返答があった
一度家に帰りぼんやりと準備をしその足でもう一度彼に会いに向かった
そして結局帰りたくなくなって敢えて日常を味わいたくてホテルではなくアパートの一室を借りることになる
けれどそれは私たちにとって何よりも非日常だったのだと思う

恐ろしく晴れた青空に目を奪われながら
彼は抜かりなくサングラスをかけていた
さすがに同じ組織の中で、そしてどちらも結婚していて、
守るべきものが確かに多くあって、警戒しないわけにはいかない
周りを軽く見回して安心したように私の手を握る
私は複雑な気持ちになって、ただこの場だけを楽しむことを目標とした
それを目標にしていないと楽しむことを忘れて
悲しさに負けてしまいそうだった
我ながら自分のことをいつもいつも棚に上げていると思っている

結婚してからもいくつもの恋なり何なりをしてきたけれど
彼は恋は日常であるようなような人生を送っていて、それに割く熱量が多い人なのだと思う
自信があって独占欲が強くて愛情深く女を愛でる、つまるところ女の敵なのだ
それでもその歪みつつ燃えるような愛情を今は一身に受けて
どうしようもなく漂っていた

彼は私の目を見ているようで、きっと時々見ていない
彼と海に行った日は、雲ひとつない空と
私たちを大きくかき乱すような強い風が吹いていた

風が乾かした木の板を踏み
軋んだように少し震えた
乾いた音が耳から入って心を刺す痛みが見える
ここには実は誰もいないのかと感じては
圧倒的な存在感で隣にいる彼を見て
非日常感が二人を包む

中庭に出された椅子に座る彼の膝の上に私が座り
抱き締められながら空を仰ぐ
外は強い風が渦巻いては存在するものを叩きながら走り抜けていく
それでも中庭は何かに守られたように静かでここだけは安全で二人だけが息をする
それはひどく悲しく、見つめる空は冷たく色のないカーテンに覆われたようで
彼の大きな手は私の乳房なのか心臓なのかを捉えていた

彼が私の身体を弄んでいる時に
暴走族のような、たくさんのバイクがエンジンを吹かせて集まる音が聞こえてきた
そんなことを話す余裕はなかったけれど、彼にしがみつきながらその音を聞いていた
この暴走族たちがこのアパートを取り囲んで
もし私たちが今ここで殺されたらそれはもう物語が美しく終わるのだと
誰も幸せにはならないけれどなんて満ちた終わりなんだろうと
頭の片隅で考えながら、結局は絶え間なく与えられる身体的な快楽に負けることの楽しさと浅はかさを笑うことしかできない

疲れ果てて二人で溶けるように眠り
朝も江ノ電の奏でる地響きでぼんやりと目を覚ます
動くと私を捉えて離さないその腕を何となくぎゅっと握りしめて
また眠りにつくそんな日曜日の朝だった
ベッドの横の小さなテーブルには、飲みきらず飽きてしまったスミノフの瓶が佇んで
ああごめんね、と思いながらもう一眠りすることに決めた

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