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《音楽×絵画》オトナのディズニー リトル・マーメイド編

ディズニー映画で憧れのプリンセスの一人といえばリトル・マーメイドのアリエル。魚の足と真っ赤なロングヘアに大きな瞳、そして絶世の美声を持つアリエルは、人間界に憧れる人魚です。ある日偶然通りかかった船にいた王子エリックへの一目ぼれから彼女の旅は始まります。


この映画リトル・マーメイドの元ネタは、17世紀を代表するデンマークの童話作家アンデルセンの『人魚姫』。1837年に発表された『人魚姫』は、ひたむきに人間になろうとする人魚姫とファンタジックな海の世界が切なくも美しく描かれ老若男女問わず人気を集めました。

ヨーロッパには古くから、人魚姫のように人間と魚の体を合わせ持ったモチーフが多く存在します。

作家フーケ―が書いた水の精霊オンディーヌ(ウンディーネとも)、ギリシャ神話の海の精セイレーンや海神トリトン、スラヴ神話の水の精ルサルカ…。特にセイレーンはアリエルの悪者バージョンといったところでしょうか。とびきり美しい歌声で船乗りたちを誘惑し、船を難破させ、男たちを食べてしまうのです。特徴的な姿と残酷な人魚の物語は、古くから絵や彫刻として描かれてきました。童話作家アンデルセンはこういった神話や伝説から「人魚姫」像をふくらませていったと考えられます。
19世紀にはアンデルセン同様、画家や音楽家も「人間と魚をあわせもつ神秘的な女性」に惹かれさまざまなアートとなりました。ディズニーのアリエルとは一風違った人魚達の絵画をご覧ください。

ウォーターハウス 人魚姫

          ウォーターハウス『人魚』

髪を整えている美しい人魚。

フレデリック・レイトン 漁師とセイレーン

       フレデリック・レイトン『漁師とセイレーン』
こちらのセイレーンはなんとも色気のあるポーズが印象的です。足元のヒレはしっかり漁師をとらえています。今から食べてしまうのでしょうか…。

ベックリン セイレーン

        アルノルト・ベックリン『穏やかな海』
不気味な幻想画を描かせればピカイチの画家ベックリンの手にかかると、人魚もこのような表情になります。べったりと岩に寝そべり、笑みを浮かべて手招きしているようです。でも赤髪で一番アリエルに似ている…?

ラッカム オンディーヌ

             ラッカム『undine』
こちらはイギリスの挿絵作家アーサー・ラッカムがフーケ―作『オンディーヌ』の挿絵のために描いた絵です。水の精オンディーヌは人魚姫の原型です。

『アラベスク』や『月の光』でおなじみの作曲家ドビュッシーは愛娘シュシュを通してこの挿絵を知り、ひとつのピアノ曲を生みだします。軽やかにキラめく音の動きは水しぶきや無邪気に動く水の精を連想させます。

                   ドビュッシー 前奏曲『オンディーヌ』

水の精はドビュッシーの想像をかきたてるモチーフだったのでしょうか。娘が生まれる前にも、美声で男性たちを虜にしたセイレーンをテーマに管弦楽曲を作曲しています。


               ドビュッシー 夜想曲第3番『シレーヌ(セイレーン)』

最初から清らかな女性の歌声が聞こえてきませんか?その声に歌詞はなく、まるで海の底から響くセイレーンの歌声のように、オーケストラとからみあいます。

人魚の音楽に興味をお持ちの方にはぜひ聴いていただきたいのがこちらです。オーストリアの作曲家ツェムリンスキーによる交響詩です。アンデルセン『人魚姫』の物語がまるごと音楽によって紡がれる、壮大な音物語です。

      ツェムリンスキー 交響詩『人魚姫』第一楽章

第一楽章、深く薄暗い海底を思わせる冒頭、そしてヴァイオリンのソロが切ない人魚姫のテーマを奏でます。第二楽章では人魚姫が恋して浮足立つ心情が聴こえてきますが、第三楽章では人魚姫の悲劇の最期が大きなスケールで描かれます。

この悲劇的なエンディングは原作の『人魚姫』に沿ったものです。原作のラストはディズニー映画とは真逆の、とても悲しく痛々しいものです。人魚姫が声と引き換えに手に入れた両足は、歩くたびにナイフで刺されるように痛みます。しかし王子は人魚姫ではなく、他の女性との結婚を決めてしまうのです。人魚姫の姉妹は彼女に短剣をわたし、王子をその剣で殺せば人魚の姿に戻れる、と説得しますが人魚姫は愛する王子を殺すことなどできません。ついに彼女は海に飛び込み、水の泡となって消えてしまうのです。
ツェムリンスキーはそんな人魚姫の切ない運命を、豊かな響きで情感たっぷりに表現しています。ラストは人魚姫をなぐさめるかのような優しい長調で幕を閉じます。

リトル・マーメイドの源泉をたどるオトナの人魚のアート、いかがでしたでしょうか?
人魚姫や水の精を描いたものは、他の絵画も、作曲家ラヴェルの『オンディーヌ』、ドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』など数多くあります。ご興味のある方はぜひそれらも楽しんでみてください。

角田知香

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