地方へ移住して起業とかするつもりなら知っておくといい概念:その5
「社会課題の四次元ポケット」
①国会なんかだと外交、軍事、経済といった大文脈の課題が常に存在するが、地方ではこのような大文脈の課題はそもそも対象にならない。そのため地方議員や首長は施設などの「箱」やイベントなどの「枠」を新たにつくることで自らの存在をアピールしてきた。しかし手続きの厳格化と財政状況の悪化により、支援者に「箱や枠」を引っ張ってくることが難しくなったため、仕方なく地域の課題を積極的に拾い集めることになる。
②この時、便利な道具として活用されたのが“福祉”だった。英文法の授業で品詞の“副詞”について習った際、「副詞は品詞のゴミ箱」と教えられる。副詞は他の品詞に分類できないものが最後に放り込まれる品詞だからだそうだ。社会課題としての“福祉”もこれと似たようなところがあり、「経済」、「教育」、「医療」、「環境」、「災害」、「スポーツ」といったメジャーで分かりやすい分類に適合しない課題は、とりあえず「福祉」にあてがわれることが多い。特に新規で小規模な社会課題は“福祉”になりやすい。見方を反転すると福祉分野から社会課題が次々と現れているように見えるので、福祉はいわば“社会課題の四次元ポケット”のようになる。さらに福祉だと「箱や枠」を新たに作る必要はあまりない。例えば高齢者施設や病院といった既存の「箱」や子ども食堂などの個人が独自に取り組んでいる「枠」をターゲットに、補助金などの予算を付けて必要な福祉サービスを行ってもらえばいいからだ。これなら、予算と仕組みを決めさえすれば比較的早く実現でき、議員も自らの存在をアピールしやすい。そして引っ張ってこなきゃならない予算額も、新たに「箱や枠」を作るのに比べれば少額で済む。
③肝心の課題についても、他の自治体が取り組んでいる課題について、「自分のところにもないかな?」と探せば、大抵見つかる。なので、どこかの自治体が「ある課題」についての取り組みを始めると、雨後のタケノコのように他の自治体も取り組み始める。このような取り組みが上手く回り始めると、地方の保守政党がどんどんリベラル化していく。これによりリベラル政党は、保守政党との間の争点を食いつくされ、地方選挙で護憲や反核を叫び出すようになる。それは国政でやってくれ言いたいところだが、致し方ない。
④社会課題を探し出し、拾い上げ、予算を付ける、といった取り組みが機能し、回り始めると、予算のついた取り組みのいくつかを統合して、外郭団体(例:○○協会、○○協議会、○○事業団など)に実施させるようになる。外郭団体であれば、公務員にとっては天下り先になるので、それなりに美味しいし、統制も利きやすい。
⑤社会課題に予算が付く基本的なメカニズムは以下のようなものとなる。
世間を騒がす事件・事故で世間が大騒ぎになる。世間の激昂により、この事件・事故は時に最重要な社会課題となる。この騒ぎをあおるマスコミにも、世間にも、事件の当事者にも、この課題への解決能力がない場合は、行政がこれを取り込む。特にこの事件・事故に人命が関わっていた場合、世間はヒステリーを起こし、今後同じ事が二度と起きないよう、様々な監督、検査、指導といったチェック・管理体制を整える機運が高まる。この体制作りに必要な時間やコストは、世間がヒステリーを起こしていた場合はほとんど無制限に投入OKな空気になる。この体制を整えるうえで、行政の担当部署だけでは人手が足りず、さらに“専門性の外部化”もあいまって行政単独では対処できない・・・といったことがよくある。このような場合、外郭団体を新たに設けてそこにやってもらうことになる。そしていざという時、この外郭団体が行政の思うように動いてくれるよう、外郭団体のトップには公務員を天下りさせる。この外郭団体は、基本的に行政事業の委託料が主要な収入源なので、この天下りしてきたトップの意向には逆らえない。そのためそれなりの地位、給与、退職金を用意する。
⑥地域の小さな社会課題に市民がヒステリックになることはないが、その社会課題を積極的にほったらかしにする理由もない。この社会課題への対応策に、無限にコストをかけて良いとはならなくても、「何もやらないよりやる方が増し」という素朴な理屈から少しのコストならかけて良くなる。前述した社会課題に予算が付く仕組みを単にスケールダウンした形で、小さな社会課題にも次々と予算が付いていく。予算が付いた小さな社会課題が増えるとやがてこれらを統合して外郭団体が吸収したり、新たな外郭団体が生まれたりする。
⑦行政が新たな社会課題を取り込む際、表面上は神妙な面持ちでも、内心は案外小躍りして喜んでいるかもしれない。なにせ、実際に仕事をするのは外郭団体で、この仕事で何か問題が起きても責任を取るのは外郭団体、でも天下りして給与と地位と退職金が貰える。“専門性の外部化”と天下り問題は表裏一体で、公務員が社会課題の素人になればなるほど天下り先は増えていく。民営化をはじめとする“専門性の外部化”の副作用は、社会課題を「内部で対処するか、外部に委ねるか」の議論をすっ飛ばして、行政が一気に外部のまま抱えることができるようになってしまうことだろう。社会課題に直面した市民が「誰かこの社会課題にちゃんと取り組めよ!」と怒りの声をあげるのを、行政は静かに心待ちにしている・・・かもしれない。
⑧“社会課題の四次元ポケット”などの作用で行政案件は拡大のアクセルがベタ踏み状態。“無謬の目的化”や“野良委員会”の作用でブレーキは踏みずらい状態。よって、自治体の行政案件は膨らむ一方となる。
この章のまとめ
民間では新しく会社が生まれ、そこが新たな商売相手となり、ビジネスチャンスが生まれる。自治体&外郭団体相手の商売では、民間の様な新しいビジネスチャンスは生じないと思われがちだが、そうでもない。掘り起こされた社会課題に予算が付いたり、新たに外郭団体が誕生したり、新規のイベントが実施されたりといったことは良く起こる。そしてこの状態は“社会課題の四次元ポケット”の影響により、今後も継続する。行政の新規事業に常にアンテナを張っておけば、“御用業者”として乗り込むことでビジネスチャンスを着実に広げることが可能だ。さらに、もしあなたが野良委員なら、社会課題を行政や議員・首長に提供し、マッチポンプ式にビジネスチャンスを生み出すことさえできる。長期に及ぶ不況で、民間の新規ビジネスチャンスが縮小し続けた中では、この様な行政主体のビジネスチャンス創出は、地域経済の下支えとなった。しかし、今や複雑なシステムと化してしまっており、自己増殖の歯止めが利かない。地方で起業するなら、この状況を利用しない手はないだろう。
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