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「古田イム」さんの話(単話)


毎朝会っていた。

その子の名前は「古田イム」。
変わった名前だ。

私はなぜかその子の名前だけは知っていた。

私は毎日、毎朝同じ時間に同じ場所に
雨の日も風の日も嵐の日も行くという
仕事をしていた。

そう「新聞配達」である。
私の人生の中で一番長く付き合っていた職業だ。


私はそのマンションに毎朝3時半から4時の間に行っていた。
別にその時間と決めていたわけではなく、
その時間に自然と行く流れだ。

毎朝同じ作業。
同じ量の仕事。
雨が降っていても遅れを見せることなく
こなせるベテランぶりだった。


そのマンションに着くと、私は集合ポストがある
狭い空間に行く。
密室のような誰にも存在すら忘れられている場所。
私と同じような存在の場所。

その場所に入ると毎朝掛けてくれる声があった。
こんな存在のない私にも。
若い女性の声だ。

その声の持ち主の名前は「古田イム」。

しかし、私はその子の名前しか知らなかった。
その子の顔も髪も指も背中も足も後ろ姿も
見たことはなかった。

声しか聞いたことがない。

しかし、毎朝どんな日でも
私がその場所に新聞を配達しに行くと
声をかけてくれた。

壁の向こう側から。

明るくて元気で
ハキハキとした声だ。

聞いていると、こちらまで
元気になっていく。

私はそのマンションに配達に行くのが
楽しみになった。

だってイムちゃんの声が聞けるのだ。
毎日の辛い仕事もこの声に癒される。

私はとうとう、イムちゃんの声に
応えてしまった。

「やあ、おはよう!イムさん。今日も元気をありがとう!」

イムちゃんは、そんな私のか細い声など聞こえてないフリをして
気にせず、いつものセリフを言う。


「フルタイム・・・・・・」


「フルタ・イム・ロッカー ヲ ゴリヨウイタダキマシテ アリガトウゴザイマス。メインメニューデス。メニューバンゴウ ヲ ニュウリョク シテクダサイ。」


そして、
私はイムちゃんがいるであろう壁を
そっと指で触れてこう言った。

「毎朝、声を掛けてくれてありがとう。これでもう寂しくないよ。
この先も頑張れるよ。なんとかゴールまで辿り着けるよ!
本当にありがとう!大好きです。」


「・・・・・」


「フルタ・イム・ロッカー ヲ ゴリヨウイタダキマシテ アリガトウゴザイマス。メインメニューデス。メニューバンゴウ ヲ ニュウリョク シテクダサイ。」



とあるマンションの集合ポストという密室で
毎朝すれ違う男女の20秒だけの会話の話でした。



スコウスが負けすぎて病んでいるように感じた皆様。
これは、まだまだ負け始めたばかりの頃の話なのです。



「そして今日も負けた・・・」


次の負けをお楽しみに。


おしまい




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