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定食屋でうろたえるとあるアラサーの小話

「大盛り無料!」
「替え玉無料!」
「ご飯と味噌汁おかわり自由!」

と書いてある看板を見ると、ふらっと立ち寄ってしまう安い男が、ぼく。

たとえお腹いっぱいでも、「うっぷ...う...おかわりくだしゃい」と言ってしまう愚かな男が、ぼく。

だがしかし齢30を超えて、心を入れ替えないといけないと思った。いまや餓死するような危険性はないし、そんなに量を食べなくても生きていける。成長期はとっくのとうに過ぎたのだし、最近は以前に比べると胃の消化に少々時間がかかっているようにも思う。

お腹いっぱいに食べるのが幸せだった20代がまぶしい。糖質は取りすぎてはいけないし、内臓に負担をかけないよう食事にも気を配りたい年頃になってしまった。かといって、未だ腹八分目でスマートに終わらせる素敵なマインドはまだ持っていない。

ただ、30代になってから「おかわり無料、大盛り無料」の店でも、おかわりはしないし、並盛を頼もうと誓った。そしてできるならば「大盛り無料!」
「替え玉無料!」「ご飯と味噌汁おかわり自由!」
の看板はできるだけみないようにしようと思った。

***

ついさきほど、定食屋さんに行ってランチを食べてきた。ココ最近自炊ばかりだったから、ちょっとした気分転換だ。
もつ煮込みの定食しか出さないシンプルなお店へと向かった。


食券機をみて、ぼくは狼狽した。

「もつ煮込み定食」600円
「もつ煮込み定食 大盛り」600円

「く、くそ...」

今までだったら無意識に大盛りボタンを押していた。でもぼくはもう、誓ったんだ。「大盛り無料」に惑わされないと。

「いいのか?同じ値段なのに?」
「無料だぞ?お腹いっぱい食えるぞ」
心の中の悪いぼくが、ひたすら唱えるように大盛りを誘ってきた。

僕は1000円札を入れて、できるだけ迷いなく、すっとボタンを押した。目を細めて、大盛りのボタンを見ないように押した。「もつ煮込み定食」600円を。押せた。押せたぞ...。大人の階段登ったぞ...。

自分の欲望に勝った優越感がふつふつと湧いてくる。そう、今日からぼくは並盛でおさえられるスマートな男なのだ。


カウンター席にはサラリーマンと思わしき中年男性がずらっとならんでいる。ぼくが座ったとき、両隣の男性もほぼ同時に座った。そしてほぼ同じタイミングでおばちゃんに食券を渡す。

おばちゃんが威勢のいい声をあげた。

「あい、もつ煮込み定食、大盛り2、並1〜!」
「はいよ〜」

な...

両隣の男性は大盛りで、ぼくだけ並。

いや、いいんだ、これで。いいんだ。

勝ったような負けたような(一体何に?)複雑な気持ちを抱えながら、定食を待った。すると、となりで皿洗いをしていたおばちゃんが声をかけてきた。

「兄ちゃん、大盛りにしても同じ値段だけど、並でいいかい?」

ぼくは狼狽した(5分ぶり2回目)。

並か大盛りか、食券機でわざわざ選ばせといて、さらにおばちゃんの再度確認が入るとは。なんて手強いお店なんだ。くそう、ぼくは並盛を食べるんだ。腹八分目でスマートに終わらせるんだ。食券機の前で誓ったじゃないか。腹いっぱい食べるんじゃなくてほどほどにして午後からの仕事のパフォーマンスをあげるんだ。午後からやる仕事もたくさんあるしとりあえずここは「あ、じゃあ大盛りでお願いします」


「はいカウンター7番さん大盛りに変更〜!」
「はいよ〜」

両隣の男性が一瞥した。「じゃあ最初から大盛りの食券ボタン押せよ」っていわれているような気がした。違う、ぼくは最初は並盛でいこうとしたんだ。ハナから無意識に大盛りを押しているあなたたちとはちが...

「はいおまたせしました〜もつ煮込み定食大盛りです〜

はい、情けない男です。両隣の男性よりも早く食べ終わって退店するくらい美味しかったです。

お腹いっぱいで幸せで、いまとても眠い。


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