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殺し屋の父親#3 最終回

【母親】

私は専業主婦をしながら、副業も続けている。
というより、元々やっていた仕事があったのだが、結婚を機に副業に切り替えたのだ。
大半は副業として家の中でもできるものだったから助かった。

結婚したのを機に、とか言ってみたが、
結婚にたどり着いたのも、夫と出会い恋をしたのも、その仕事をやっていたからだといっても過言ではない。
全くその通りだからだ。

裏の世界に入ったのはいつだったか、もうベテランと呼ばれるほどになっていた。
ここまでやると思っていなかったため、
適当な通り名で承諾したあの時の自分を責めたい。
自分のこの能力でその時の自分の考えをすり替えたい。

でも、時間は盗めない。

残念なことに、「泥棒」なんて名前で周知されるとは。
これ以上の羞恥を覚えたことはない。

これまでたくさんのものを盗んできた。
時には、盗んだものの代わりに物を置いてくることもあった。
仕事の多くは情報や他人のアイディア、心など形のないものだった。

この仕事は家にいてもパソコンやケータイがあればほとんど済む。結婚してからは内職としてできるものしか受けないようにした。

愛する子供が生まれてから数年は仕事をする時間もなく、なまってしまったこともあったが、
子供が大きくなるにつれ、家で一人の時間が増えてきたため、本格的に副業として行っている。

夫は殺し屋でありながら、私たちと一緒になってからはサラリーマンもしてくれている。
息子は中学に生きながら部活動にも勤しんでいるらしい。あ、部活はさぼってるんだった。

「ヨハネ」の下で訓練に勤しんでいる。

本当は息子にはこっちの世界には来てほしくなかった。

でも、「ヨハネ」に気に入られてしまったのならしょうがない。
あの人の下なら悪い人間にはならないし、強い人間にもなれる。

息子がこちらに来てからは、私は息子の周辺の情報ばかり取り入れるようになっていた。
親ばかだろうか。
あまりにも危険な仕事は適当に書き換えたり依頼先を変更したりもした。
親ばか万歳。

夫はというと、殺し以外は得意ではないのか、
息子がこちら側に来たことには全く気付いていないようである。
もし対峙することになったらどうするのだろうか。まあ、私がそうはさせないが。

おそらく夫は息子を相手にしても闘おうとはしないだろう。
そして息子は、私のお願い通り、父を守るように動くだろう。私自身、そんな二人が対峙する場面など観たくはなかった。


ある日、いつも通り、息子を見守りながら、息子の周りの動向について調べていた。
そのせいか、大事な情報に気付けなかった。夫への依頼の中に私の殺害を指示するものがあるとは。

私の正体に気付いてか、夫を狙うためか。

そして、そのために夫が動き出しているのも同時に知った。
夫は自ら命を絶とうとしている。
道具や犯行時刻、場所などを調べつくし、どうにかして夫の救出策を練った。自分の中で、救出できる方法は一つしか見つからなかった。


そして、作戦の準備をしたうえで、「ヨハネ」のパソコンを乗っ取り、息子に依頼した。
ヨハネと息子のやり取りなどは盗聴器などで何度もインプットしていたから、大方違和感なく依頼へと至ることができただろう。

「ヨハネ」は口数が少ない。
依頼を伝えるとき以外、訓練に集中させるためか実行日が控えていてもそれについて触れることあまりはない。
そのおかげで、息子も自分ひとりで考える力が身に付いたのだろう。

本当は息子に仕事を依頼することなど親失格なのだろうが、この業界で夫に劣らないほど頭が切れ、技術があるのは息子しか思いつかなかった。親ばかだろうか。万歳。

夫の救出は、息子に任せた。

ただもう一つ、夫に私の殺害を依頼したもの、おそらく夫を狙っているものがいる。
私はそちらに集中することにした。

やはり相手はただものではないのか、足がつくのには時間がかかった。
しかし、情報戦で私に勝てるものはいない。
とうとうやつの正体を突き止めた。

名は「ピエロ」

切れ者だ。私たちと同じくらいこの界隈では有名である。

やつは現在、夫のパートナーをやっていた。

やつのことを調べていくと、夫に元パートナーを殺されたという過去を見つけた。
この界隈では珍しいことではないが、ピエロはその元パートナーと恋人関係にあったらしい。
その恨みで、夫を殺すため、夫が一番苦しむ方法を模索しながら夫のパートナーを演じていたのだろう。

私はやつの記憶を奪い、一切私たち家族にかかわらないようやつの周りの情報を細工した。


今日も私たち家族は平和に暮らしている。
息子は夫を救い、ピエロは表の世界に戻った。


私はこれからもこの愛する家族とともに生きていく。


あの日、人からものを奪ってばかりいた私が、
あの時、一瞬で心を奪われた、愛すべき夫。
生まれながらにして、私のすべてを授けることにした愛息子とともに。


≪完≫

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