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もしもイギリスの人文系独立書店が香水を出したら

こんにちは。スジャータです。

香水って、色んなコンセプトのが出てるじゃないですか。
都市の名前とか、歴史上の人物とか、名画とか小説とか。

でも、思ったんです。
社会学・人類学クラスターがグッとくる香水が無い。

ということで、「もしもイギリスの人文系独立書店が、社会学・人類学の名著をインスパイア元にした香水を売り出したら」というコンセプトで、架空の香水の紹介文を作ってみました。
イギリス人っぽい皮肉の効いた文章と、人文学系の翻訳本っぽい固めの直訳を無駄に再現してます。

記載は、香水名(架空)、書籍名(実在)、作者名(実在)の順です。


① 栽培可能な野生種/銃・病原菌・鉄/ジャレド・ダイアモンド

ノート:パウダリー
価格:120£ / 100ml
あなたがこの紹介文を読んでいるということは、あなたは都市部の書店に通うだけの文化的資本と、120£(≒24,000円)の香水を手に取れるだけの金融資本を持っているということに他ならない。
しかしこのような僥倖は果たしてあなた個人の資質及び努力に依存するものであろうか。
このような問いに正面から立ち向かったジャレド・ダイアモンドは、文明・経済・軍事の優位性はひとえに地理的要因に依存すると看破した。
地理的要因には、多くの人間を将来的に養うに足るだけの主食となり得る、栽培可能な野生種が自生していたかが含まれる。
さて、この香水では、栽培可能な野生種のうち、その後主食として世界で広く栽培され文明の礎となった、小麦・米・タロ芋・トウモロコシを表現した。穀類の持つミルキーかつパウダリーな甘さをベースとしながらも、小麦のハーバル、水田のもつウォータリー、タロ芋のアーシーでコックリとした甘さ、トウモロコシの香ばしさ、それぞれが再現されている。
人類の歴史に思いを馳せる特別な一本である。

② パノプティコン/監獄の誕生/ミシェル・フーコー


ノート:ティー
価格:40£ / 100ml
監獄において必ずしも監視者は囚人を監視している必要はない。監視していると思わせるだけで十分である。そのような思想のもとに作られた円形監獄がパノプティコンであるが、これは近代社会において学校・病院など様々な領域に拡張された。監視された側は視点を内在化し、秩序に準拠する規律人間として社会に供給される。
デジタル・ネットワークが張り巡らされ、常にblow up(炎上)の危険性を孕む現代社会において、その傾向はより強化されていると言えるであろう。
この香水では、監視を内在化した規律人間がどのような香水を用いるかということに焦点を当て調香された。ノートは近代化された労働者の象徴たる紅茶である。トップに香るベルガモットは適度な緊張感を呼び起こす。しかしその香りは鼻を強く近づけないとわからないくらい、非常に軽微である。なぜなら監視を内在化している人間においては、香りによって自己主張するという行いはあまりに軽率だからである。

③ フェミニズムはみんなのもの/同左/ベル・フックス


ノート:ウッディ・フローラル
価格:120£ / 100ml
「フェミニスト」と聞いた時、なぜ我々は、ヒラリー・クリントンに代表されるような、高い学歴と高い職業威信スコアの職歴を有する、裕福な白人女性を思い浮かべてしまうのであろうか。
ベル・フックスはそのような現状に異議を申し立て、経済的な苦難により単純労働を余儀なくされる黒人女性を含む、全ての女性を包括するフェミニズムの存在を提示した。
この香りは、女性の連帯を意味するミモザを基調としつつ、黒人文化に欠かせないインセンス、ココナッツバターをラストノートとした、多面的な香りとなっている。

④ サバルタンは語ることができるか/同左/G・C・スピヴァク


ノート:オリエンタル
価格:120£ / 100ml
サバルタンとは、インドの下層階級女性に代表されるような、植民地主義により主体性を奪われ従属的な地位を余儀なくされた存在のことである。主体性を奪われた存在が自己物語を主体的に語ることができるのか。それは著しく興味ある問いである。
この香水は、ほとんど全ての香水と同じく、香水に関する正規の教育を欧州で受けた白人男性が調合している。彼はインドにおけるダリット(不可触民)の女性権利向上を目指した団体を訪れ、彼女らが通常使用している香油からインスピレーションを受けた。サンダルウッドをベースとし、ジャスミン・チュベローズ等、複数のフローラルのインド原産の天然香料及び合成香料を用いている。これらの香料の一部は、別の女性保護団体より購入した。ジャスミンに含まれるインドール臭はダリットの伝統的かつ劣悪な職務を想起させるが、調香師の腕により、美しいフローラル香に昇華されている。
この香水を購入すると、上記の団体に売上の5%が寄付される。
これは文化の盗用なのであろうか。サバルタンは語ることができるのであろうか。

⑤ ポトラッチ/贈与論/マルセル・モース


ノート:ウッディ
価格:8,000£ / 100ml
浪費は消費より、消費は投資より価値がないと賢い人間は言うが、果たしてそうであろうか。
ネイティブ・インディアンの社会では、一族の地位は所有する財産の規模ではなく、ポトラッチで他人に贈与する財産の量によって高まったが、これはやがて貴重な品を破壊し合う衝突に発展した。
この香水は、ポトラッチで破壊されて燃やされる、様々な資源を再現した。トップに香るのは北アメリカ原産のタバコ、松葉の焚き火。鼻を澄ますと、特徴あるアニマリックな匂い。恐らく富の象徴であるビーバー毛皮だろう。
さて、ポトラッチでは貴重な資源を惜しみなく浪費する。この香水では、マッコウクジラが分泌するアンバーグリスをふんだんに使用しており、価格は8,000£(≒1,600,000円)と大変馬鹿馬鹿しいものである。しかしその甲斐あって合成香料では出せない唯一無二の深みのある香りだ。
もう一度問う。
浪費は消費より、消費は投資より価値がないと賢い人間は言うが、果たしてそうであろうか。

追記:ITをテーマにした架空香水の記事を追加しました


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