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Space

屋上ってなんだろう。

タグづけされていないから分からない。
どこか遠い国の知らない土地のように
名前だけ知っていて影響は及ばない。
マンガの世界のもの。
マンガの世界の人のもの。
浮かれた人たちの
時には絶望した人の
異国への扉。
扉を開けたら光にあふれていて、そして
まだ知らない世界が待っている。
青春の象徴
つかの間の自由。
そのチケットを手にできるのは
条件を満たした人だけ。

あの時私は
苦しそうなドアノブの声が聞きたかったんだと思う。
施錠されたドアノブ。
回らずにキッ、と金気の音を立てる。
その音を聞くと
拒絶されていることが知れてどこか安心する。

また明日ね、がせまる時間。
帰るまぎわの意識にものぼらない気の迷い。
音は鳴らなかった。
一瞬の間があいて、そして
腕を前に押し出す。
目の前に現れた屋上、
開かれたその地は
私を歓迎してはいなさそうだ。
風がうなる。
砂が舞う。
真っ黒な床。
不穏な有刺鉄線。
開放的な雰囲気にはひたれそうもない。
寝そべって太陽を見上げることも。

袋小路になっていて
この場所から動くこともできない。
自由のない屋上。
私を受け入れる気のない屋上。

それはそうかとも思った。
だってお呼びでない。
私はチケットを持っていない。
イベントが発生しない。
好きな人もいなければ
素敵な人が現れてもイベントは進行しそうにない。
そそくさとゆずってしまうかもしれない。
自分のイベントを誰かに。

なせ開かれたかは分からない
なぜここにいるのかも。

風の音
巨人が操っているかのような、大きなその動き。
空のざわめき
遠くで感じる他人ごとの寒さ。
日の当たらない場所。

屋上は私を受け入れない代わりに
その姿を変えようともしない。

屋上に
というよりは
屋上のまわりに
屋上をお皿にして
自分が溶けていく。

何かでない
どこかでない
どこでもない
今ここ。

誰もいない空間
ゆっくりと陰っていく空。
時間の進みは分からない。

ここが好きだと思った。
ここにいる自分が。

余分なものはすべて
風が飛ばしてくれる。

今感じている屋上は
今感じておかないと逃げてしまう。

名残を惜しむように感覚をたぐる。

…自分が薄まる気がするんだ。
ここにいると。

息がつける。
ふれるすべてが味方に思える。
あるいは中立的に。

逃げてからなら立ち向かえるのかもしれない。
なにかに。

ここにはきっともう来れない。
私は私の屋上を見つけないといけない。
安全な場所に。
そうか。
屋上は誰かにあわせて
それぞれの屋上になってくれるのかもしれない。

校舎の施錠の音楽が聞こえる。
図書室にいた友達に近づく。
「どこにいたの?」
「トイレ」
「うんちかよ」
「たしかにずっと閉まってた個室あったわ」
トイレの個室ではないけれど
似たような場所にはいたかもしれない。
「もし屋上に出られたら寝転がって空を見たくなるのかな」
「もちろんさぼりでしょ」
「違うでしょ貯水タンクの上で好きな人の出待ちじゃない?」
「それマンガのはなし?」
その屋上は、なんだか青春の象徴みたいだ。
そしてつかの間の自由の。


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