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【小説】アルカナの守り人(27) マザー


 孤児院の建物は、赤いレンガと石壁を組み合わせて建てられたものだった。赤色は緑色と補色の関係にあるので、遠くから歩いてくる時、この建物は、周りの緑の中でよく映えていた。ところが、実際、目の前に立つと、なぜか周り緑に溶け込んで見えるから不思議だ。塀と同じく所々から植物が生えているせいなのかな…と、フウタは思う。

 木製の大きな両扉には、美しい木彫りが施されている。上部には、こぼれ落ちそうな花々とそれを包み込む葉。下部には、両ひざをつき、祈りを捧げる少女が、向かい合っている。中央部には、燻った輝きを放つ、リング状の金属ハンドル。少々痛みはしているものの、きちんと手入れされているようで、全体的に、自然な艶を放っていた。
 フウタは、ハンドルをしっかりと握ると、昔と同じように、軽く引いて扉を開ける。一見、重厚な印象を与え、さぞかし開けるのも大変だろうと思わせるが、実際は、小さな子供でも簡単に開けられる造りになっていた。
 あ、どうせなら、ヒカリに開けてもらったら良かったかも…と、ちょっとした悪戯心が顔を出したものの、次の瞬間、全力で扉を開けたヒカリが、思いっきり尻もちをついている光景が想像できて、止めておいて正解だったとフウタは思い直していた。

 建物に入ると、そこは、吹き抜けのロビーになっていた。高い天井の一部は、格子状のガラス窓だが、外側には、蔦やシダが絡みつき、小さな花を咲かせている。その隙間を縫うように、光が降り注いでいた。年代物のウィルトン織が敷かれた廊下は、三方向へ伸び、二階へと続く大きな階段にも、同じ燕脂色の織物が敷かれている。時折、子供たちの声が、様々な方向から大となり小となり、響いてきていた。
 
 ヒカリは、石壁に囲まれた廊下を、フウタに続いて歩きながら、高い位置に並ぶ小窓を見上げる。光が多く入り込んでいるわけでもないので、内部は少し薄暗いのだが、嫌な暗さではなかった。むしろ、この暗さが心地よい。というより、ヒカリは、この建物に入った瞬間から、穏やかで温かみのあるエネルギーが、全体に満ちているのを感じていた。
全てを包み込むような愛と力強さ。
マザーは、こういう雰囲気を纏っている人なのかもね──。とヒカリは思う。




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