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#060クスノキは残った?!-身近な史跡、文化財の楽しみ方(11)

 前回、「その石碑を探せ!(下)―身近な史跡、文化財の楽しみ方(10)」で若干楠公史跡について触れ、そのなかで楠公史跡や戦争記念碑などの場所にクスノキがよく植えられているような気がする、という旨のことを記しました。
 先日、たまたま大阪府島本町にある「史跡桜井駅」の傍を通ることがあったので、久しぶりに訪ねてみました。今回はそのお話です。

 桜井駅は、京都から下関(あるいは九州)までをつなぐ旧街道の西国街道の宿駅の一つで、現在の大阪府島本町にあります。桜井駅というと、下記のこの写真でしょう。楠木正成、正行親子の桜井駅の別れ。湊川の戦に赴く正成と正行の今生の別れの場所、それが桜井駅です。まさにその別れの場面を描いた像が史跡桜井駅の公園の東側入り口傍に設置されています。

「滅私奉公」の文字が刻まれた台座の楠木正成、正行親子像

 現在は、JR東海道線島本駅の駅を出て、西北側に「史跡桜井駅跡史跡公園」、通称「楠の木公園」として地域の人たちに親しまれています。
 この桜井駅には、「楠公子別れの松」と呼ばれるものがありました。『大阪朝日新聞』明治二七年(一八九四)五月一六日付の記事として下記のように紹介されています。

「府下島上郡桜井駅に在る楠公父子訣別の紀念とせらるゝ『子別れの松』には曾て玉垣を建設しつゝありしが頃日竣工したるに就き来二十日其落成式を挙行し昼夜花火の打揚げ等もあるよし」

 この記事のように「子別れの松」を囲む玉垣の竣工とその落成式が行われる予定が持たれていました。この場所には明治期に活躍したイギリス公使ハリー・パークスがこの地を通過した際に、楠正成・正行親子の訣別の話を聞いて感銘を受けて、明治九年(一八七六)一二月に建てた英文による碑が現在もあります。その碑の南隣に「忠義貫乾坤」と刻まれた石碑が南側に立っています。この碑は、これまで何度か紹介した、大阪府で最も長い期間、郡長を歴任した深瀬和直が揮毫した碑です。彼は島上島下郡長を務めていた時期にこの碑を建設しています。この碑は明治二七年五月の建設で、碑面には特に建設の由来などは記されていないですが、玉垣落成式と同年月であることから、恐らく玉垣建設についての記念碑と思われます。この深瀬の碑には、発起人および寄付者氏名が記されており、発起人のうち岡田清治、嘉来惟遵、山中芳太郎という三名は島上・島下郡役所の書記を務めた人物です。発起人六名のうち半数を郡書記が占めているところから、島上・島下郡役所が石碑建設に大きく関わっていたことが想像されます。また、寄付者の中には馬場三右衛門、織了恵、植場平、小方七郎、奇二治郎兵衛ら島上・島下郡の名望家層の名前が記されています。
 『摂津名所図会』を見ても、文章で「桜井宿」として名所として紹介されています。挿絵がありませんので、往時どのような姿で松があったのかを見ることは出来ませんが、古くから名所として親しまれてきていたことが、『摂津名所図会』に項目として記載されていることで確認出来ます。
 今回の本題から少し横道にそれましたが、楠公子別れの松は、残念ながら現在は枯死してしまっており、一部分を公園内で覆い屋をかけて保存してあるので、ご紹介しておきたいと思います。
 史跡の敷地内に目を転じると、いくつもの石碑が目につきます。敷地西側には、明治四三年(一九一〇)三月に設置された「楠公父子訣別之所」と揮毫された大きな碑が立っています。こちらの表面の揮毫では、陸軍大将乃木希典とあります。敷地北側には「明治天皇御製」を表面に揮毫した石碑が立っています。こちらの石碑は、和歌は明治天皇によるものですが、文字は東郷平八郎による揮毫で、裏面には「七生報国」と題字があります。また敷地内の北西には「楠公六百年祭記念」として、昭和一〇年(一九三五)五月一六日の日付の入った国旗掲揚台が設置されています。

「楠公六百年祭記念」との文字のある国旗掲揚台

 このように楠公関連史跡の石碑のオンパレードではありますが、公園内に目を移すと、敷地内にクスノキが林立しています。公園の愛称が「楠の木公園」とも呼ばれる通り、楠木親子に関連するだけでなく、植えられている植物もクスノキが多数植えられております。

公園内に林立するクスノキ

 写真からも、表皮の様子で楠木であることが一目瞭然かと思います。公園中にこのようにクスノキが林立しています。島本町の戦前の公文書などが見れるようでしたら、この公園の成立の際に、意図してクスノキをたくさん植えたということなどが明らかにできるのではないでしょうか。機会があれば、そういう観点からも、石碑の設置や史跡の整備について調べてみたいと思います。


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