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旅から日常へ戻るとき

 重いバックパックを床に降ろし、エアコンのスイッチを入れる。未来の自分が落胆しないよう、ある程度は綺麗にしておいた部屋に帰ってきた。

 旅の思い出の品を一つ一つ取り出しながら、これはあそこへ、これは写真を撮ってゴミ箱へ、と分別作業を行っていく。旅の途中で洗濯はしたけれど、いまから洗濯するのは大変だから明日にしよう。洗顔フォームと歯ブラシは元の場所へ。オフにしていたアラームを6:00にセットする。

 旅から日常に戻ろうとする作業をする間、楽しかったな/良かったなというポジティブな感情と、ついに日常に戻ってしまったのかというネガティブな感情が入り混じっている。

 やはり旅は良いものだ。実際に旅先に行くまでは多少面倒だと思うこともあるが、自分の家に帰ってきたときはいつも充実感に満ちている。よっぽど嫌な思い出があったとしても、それを打ち消すくらいポジティブな体験ができることがほとんどだから。そんな確信があるからこそ旅に出るし、旅に出るために日々を過ごしているような気がする。

さて。いまの自分はそうやって思っているのだが、過去にはタフな経験をしている。

 かつて結婚していたとき、新婚旅行でイタリアとベルギーに行った。僕にとっては初めての海外で、パスポートも新規で取得した。有楽町のパスポートセンターで順番待ちをした記憶が蘇る。

 いざ渡航し、現地に到着。最初の滞在地はイタリアのミラノ。学生結婚でありながらヨーロッパに旅行だなんて贅沢な話だと今は思う。予算は限られているため、夕食はスーパーに買いに行ってホテルで食べることが多かった。

 現地の街を歩き、スーパーで見慣れない食材とワインを買い込んでレジへ。クレジットカードで決済完了、のはずが慌てた雰囲気の店員に声をかけられる。イタリア語はよく分からなかったが、エラーになったレシートの印字を見るにクレカが使えなかったらしい。日本のカードが海外で使えないことはたまにあるらしいので、そのときは用意していたユーロで支払いをした。

 その後、レストランで支払いの際にクレジットカードを提示するも、エラーになったとウエイターに告げられる。他のカードでもダメだった。持っていった3枚とも全滅だった。これはまずい。旅も序盤で、ああ終わったなと思った。カード会社に問い合わたところ、限度額オーバーや磁気不良など、どうしようもできない状態になっていたらしい。

 それを当時の妻に伝えたら当然にブチ切れられて、自分の準備不足や管理能力のなさを責められた。ただでさえ不安な異国の地で、用意した決済手段が通用しないなんてあり得ない話だから激怒するのは当然のことである。

 当然、追加の現金が必要になるため、家族や友人に頼んで海外送金をしてもらった。完全に自分のミスで、しかも自分たちの娯楽のために他人からお金を貸してもらうのは心苦しかったが、助けてもらうことができた。
 その後の旅行についてはたびたび険悪なムードになっていたが、なんとか成田空港まで帰ってくることができた。

 当然、日本では両替せずとも現金が使えるし、クレジットカードの磁気不良なども解消できた。ご飯も美味しいし、何よりも日本語でコミュニケーションを取ることができる。ものすごい安心感だった。そのときの海外旅行では苦い思い出ばかりで、当時の妻には大変な迷惑をかけた。それ以来海外には行っていないが、あのとき日本に戻ってきたときほど「日常」にホッとし、ありがたみを感じたことはない。

 そんな出来事から10年経ち、赤いパスポートは失効した。いまだったらクレカの限度額もある程度あるし、現金だって余裕を持って持参するだろう。いつになるか分からないけど、海外でポジティブな経験をたくさん作って過去の記憶を更新したいと思う。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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