自分自身とこの青について⑥【創作小説】【創作大賞2024応募作】


あの雨の日の夜。
「ずっとあんなふうにはいられない」と
言った私と
「ずっとこんなふうにいられないの?」と
聞いた彼女。
私の言葉は、友情を育んでいる彼女にとっては辛辣で、恋をしている私にとっては切実だった。

たった数日の逃避行のはずだった。
なにも持たずにありのままで、
答えを探すわけでもなく、逃げよう。
そう、覚悟を決めた。
着いた先には
深く、どこまでも落ちてしまいそうな青があった。魅せられて、囚われて。今日も私は海を見つめている。灰色の海と視界を遮る雨が懸命に伝えてくる。
「この青に魅せられてしまわないで」と。

私は愛されたかった。
もう嫌だ、と
受け止めきれないと笑ってしまうくらいに。
それでもやっぱり愛していたかった。
泣いてしまうくらいに。
彼女を想うと死んでしまったママのことが猛烈に恋しくなった。
あるはずの空白と、
行き場のない恋しい気持ち。
とおくて、とおくて、光で。
私を包む愛は、みえないものでしかない。
私を信頼して恋心を疑わない彼女も、
私の中にママの面影を見てしまう父も、
ぜんぶくるしい。ぜんぶ愛おしい。


「なんかあったら、すぐに連絡してって言ったよね」

「別にたいしたことないもん。ジュンさんなんでここにいるの」

「泣いてる」

「泣いてない」


胸の前で組まれた逞しい腕の皮膚からは海の匂いがした。背中に感じる熱いくらいのぬくもりと包容力。それらは空白なんかじゃなくてここにちゃんと存在している。それが堪らなく嬉しくて胸がくるしくなった。ジュンさんの腕を両手で握りしめる。
確かめたくて、確かめられたくて。
その腕に浮かぶ筋をなぞると、ジュンさんはくすぐったいよ、と子供を甘やかすように言った。それがやっぱりすごく好きだった。

「私は自分のことが全然わからない。この気持ちが恋じゃないならなんなんだろう。」

「恋でも恋じゃなくてもいいよ。」

「恋ならいいな」

「俺は恋じゃないといいな」

私達はこの世界の最も深いところにいるみたいだった。手を繋いで息を潜めて、互いの存在だけで呼吸をしていた。その繋がりは今まで経験したことのない愛で。言葉にするとその純粋さが損なわれてしまいそうで黙った。
溢れ出ることのない海を、溢れ出そうとする気持ちに気づかないふりしながら、ジュンさんと見ていた。

この幸福が刹那であってもそれでもいい。
永遠なんて私達にはないのだから。





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