自分自身とこの青について⑤【創作小説】【創作大賞2024応募作】

苦しさのなかにあるのに何にも変えられない威力を持ち、葛藤や偏見を跳ね返すほどの輝き。そんな彼女に一寸の狂いもなく恋をしていた。気づいたときにはもう恋で、抗おうとすることすら出来なかった。
リアルは待ってくれない。
恋は、
壊れたアクセルみたいに加速し続けた。
私達が積み上げてきた友情に嘘はなかった。いつしか芽生えた恋心はそれを邪魔したりしない、はずだった。

恋には見境がない。
たとえそれが確固たる友情であっても、恋にはそれすら超えてしまう威力がある。
抗おうとすること自体が無意味なのだと知る。まるで押し寄せる波のように。
あの日の雨は、自然が生み出したものだとは思えないほど力強く、立ち向かうことなんて無意味なものだった。
そう、あれは疑いようもなく自然の力だった。
急に降り出した雨に打たれながら私達は立ち尽くした。見上げれば幾千もの筋が真っ直ぐと私達に向かっていた。重量のある雨粒はどこまでも容赦がなく、着ていた白いシャツを紺色のスカートを履き慣れたローファーを、濡らした。地面からもわっとした空気が立ち上るのを感じる。だから初夏の雨は嫌いなのだ。最悪の気分だった。史上最低の夏の始まりだった、はずだった。
彼女が笑い出したとき、その声色があまりにこの場に似つかわしくなくて私は夢を見ているのかと思った。気怠くてまぶしい。そんな浮遊感のある夢。

「アハハっこんなに雨に濡れたのなんて初めてだよ!!!ここまできたら楽しむしかないね!」

雨粒が地面を叩く音に競うように張り上げる声。急に喉をひらいたからかことばの途中で上擦って、それでも懸命に伝えようとするところがとても可愛いと思う。同時に、その健気さにさえ見出してしまう熱情を疎ましく思う。

「カオル!!走ろう!!!」

私に拒否権はない。いつだってそう、彼女の選択には間違いがないから。迷いなく走り出した彼女を追いかける。その背中に追いついたら、追いつくことが出来たなら、私の想いが届くかもしれない。
そんなおまじないのような小さな希望。
私は、縋るように追いかけた。手を伸ばして必死にその背中を抱え込もうとした。
彼女がもしそのとき振り向いたなら、私の鬼形相を見て、笑ったかもしれない。もしくは、泣いたかもしれない。
でも彼女は、振り向くことなく走り続けた。


ドアを隔てたすぐそこに彼女がいる。
そう思うと、熱い吐息が溢れた。次節聴こえるパラパラパラというシャワーの音が先程の雨を鮮明に思い出させる。
私の家についてすぐに玄関先で服を脱ごうとする彼女を制して浴室に案内した。いつもは少しの乱れもない黒髪が、水分を飛ばしてうねっていた。
彼女が無邪気に笑いかけてくる。シャツから透けた肌が目に毒で私は思わず、逸らす。そんな姿をおかしいというように彼女は笑った。
窓の外は、夕方なのに朝みたいだった。起きた瞬間、全てのやる気を削ぐ憂鬱な朝のような。雨の音は聞こえない。
今日も私以外誰もいないリビングは、なにも変わらず薄暗い。誰かの帰りを待つというのは疲れる。そしてそれは、あるか分からないものを必死に探しているのと同じくらい虚しい。
いつもはすぐに付けるエアコンのリモコンを何の気なしで目で追っていたらドアが開く音がした。胸が確かにドクっと縮んだ。

「シャワーお借りしました。
最高に気持ちよかったよーカオルもはやく入りな」

私が貸したTシャツとスウェットパンツは彼女の身体には少し大きいみたいだった。スウェットパンツの裾は床に引き摺られてしまうほど長くて転んでしまうのではないかと心配になる。熱っている頬の艶やかさ、濡れていていつもより黒い髪、私に向ける無垢な眼差し。生活感のない質素なこの部屋で、彼女だけが眩しく光っていた。恋でなければ、もっと無邪気にこの空間を喜んだだろう。
私はとても孤独だった。ひとりでいるよりもずっと。


柔らかなにおいと安らかなときめき。
いつもより饒舌で、軽やかで。
夏の夜は終わりがないように思えた。
星も月も見えないぼんやりとした空は
どこか物足りなくて頼りない。  
甘い刺激がこそばゆくて逃げたくなるのに
熱を持った中心がそれを阻んでいた。
雨の音がやけに響く夜。
彼女は数センチの距離さえも嫌がった。


「どうして?小学生の頃はよく一緒にお泊まりして一生くっつきながら過ごしてたのに」

「今は小学生じゃないし、くっついてると暑くるしいでしょ」

「カオルに触れてると落ち着くんだもん」

私は全くもって落ち着かなかった。絡ませてくる腕の冷たく弾力のある質感や、欠けている部分はないかと点検するように指に触る手のひらの温かさ。
開けている窓から入ってくる夜風の生々しさに身体を強張らせる。されるがままにしていれば変な気分にさせられそうでやんわりと距離を取った。

「変なの。前はもっと近かった。どうして私から離れようとするの?私はカオルが大好きだから一緒にいたいんだよ。いろんなこと共有してたいんだよ。」

それを告白と思うほど私は自惚れていない。
大好きなんて、恋しい人には使わない。
昔は確かに距離が近かった。2人の身体はいつだってくっ付いていて、ひとつになってしまいそうだった。肌はからりと乾いていて、心には一点の曇りもなかった。
時間をかけてじんわりと湿っていく過程を、恋だと知らないふりして、逃げようとした。
中学2年生のちょうど同じ時期。
その頃にはもう、とっくに恋だった。


「大人になっただけだよ、ずっとあんなふうにはいられない。わかるでしょ?」

「私たちはずっとこんなふうにいられないの?」


大きな瞳にいつの間にか滲んでいた涙はまつ毛を濡らし、目尻を濡らしていた。
崩れていく砂の城を見ているようだった。
いつかは壊れてしまうと知っていたのに何も出来ずに立ちすくんで、跡形もなく崩れ落ちた空白を想う。彼女は愛に生きる強さを持ちながら、愛ゆえに脆かった。

彼女が望むのは、永遠の友情と恋では埋まることのない愛だった。そのどちらをも私は引き受けようとした。
私は彼女を守りたかった。刺激的すぎる恋や破壊を恐れない行きすぎた精神から。
わかったよ、ずっとこのままでいよう。そう言いながら私は彼女の頭や頬を撫でた。目を瞑りながらこちらに身を預けている様子はどうしたって愛おしくて言葉にならなかった。



過去が魅せるのは、確かにあった空白と血が通った友情。そして、彼女への深い愛情だ。
それらは確かに疑いようもなく美しかった。
ただ、月日が流れていくなかで変わりゆくことを制御することは出来なかった。
私も彼女も若さを持て余していたから。
あの日、
雨は一晩中降り続けていて、雨音の中に紛れる彼女の寝息にそっと耳を寄せた。二つの音はうまく重なる瞬間があって、その度に泣きたくなった。

今思えば、波の音に似ていた気がする。
不規則の中にある秩序、限りある自由。
そんな所が。




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