美しいゆめ last【創作小説】

父を失ったあの頃。死ぬのなんて全然怖くなかった。これから生きていかなければいけないことの方がずっと怖かった。
夢をみた。美しいゆめを。場所は正確に分からなかったけれど、そこは光に包まれていて私はその中で横たわっていた。窓の外には海が見える。"海は空の色を映した色"それを教えてくれたのは誰だっただろう。
私はきっと安らかに眠りにつける。でも、怖くて仕方がない。私はこれまで沢山の死をみてきた。その全てを受け入れてきたのだ。夢から醒めた後、いつも生々しい感覚が全身を襲い心臓が痛いくらいに鳴っていた。隣に眠る愛しい人の顔を見て涙が止まらない朝もあった。
家族に囲まれながら穏やかにその生涯を終える人。他人の身勝手な思惑に巻き込まれて「死にたくない」と、もがきながら死んでいく人。抱えた痛みを誰にも話せず死を選んだ人。死は老若男女問わず訪れる。死は無なんかじゃない。人それぞれの痛みを伴って、時には酷い苦しみを乗り越えて訪れる。
七瀬と時生に手紙を書こうと思う。感謝と別れを伝えるためのもの。私の遺書(時生に別で渡す事務的な書類は別にして)沖縄には一人で行くと決めていた。というより、決められているのだと思う。
私は死に導かれている。
それまでの感情も手段も、私の中で車のナビのように道が作られていて私はそれに逆らうことが出来ない。


「死にたくない」



死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

生きていたい。


死を身近に感じずにはいられない人生だった。今日もどこかで誰かが死んでいる。そんな現実を生きる為には愛が必要だった。愛されているという実感が私に生きる強さをくれた。
その強さは私に今、死ぬ恐怖を与えている。


人は死んだらどこに行くのだろう。


考えたことなかったな、死んだ後のことなんて。私が知っている死は息絶えた瞬間だった。その瞬間だけをみていた。
出来ればお父さんに会いたいなと思う。お父さんに会ったら、「ここに来るには早すぎる」と怒るかもしれない。それでもきっと「頑張ったね、お疲れ様」と微笑んでくれる気がする。
その光景は私に少し希望をくれる。
お父さんに会えるなら死ぬのも悪くないかもしれない。
もし会えたなら、その時は教えてあげよう。
私が辿った運命とありふれた愛の物語を。


私は明日の朝に旅立つ。二通の手紙を時生に託して。
私は死ぬその瞬間まで彼等を愛する。
そして、彼等の幸せをどこかで願い続ける。











美しいゆめ
残酷さが魅せる一刻の美。




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