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「JOKER」ヒットに見る時差マーケティングの終焉(という仮説)

公開3週目を終えて映画「JOKER」が大ヒットしている。

興行収入ランキングでは3週連続1位を獲得。興収は既に30億円を突破し、50億円を超えるか、という勢いだ。(この盛り上がりのまま行けば無難に超えてくるだろう)

試しにGoogleトレンドで盛り上がりを可視化してみた。今年に入り興収が100億円を超えたアラジン、トイ・ストーリーと比較してみた所(赤がアラジン、黄色がトイ・ストーリー、青がジョーカー)、いずれの検索ボリュームには相対的に劣っているようではあるが、トイ・ストーリーとは似たり寄ったりといった所なのがわかる。(公開直後の最高数値はアラジンを100とした時に、トイ・ストーリーは58,ジョーカーは42だった)

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むしろ上の図でも多少はわかるが、驚きなのはジョーカーの歩留まり率の高さだ。下の図はジョーカーのみを拡大したものだが、公開直後から、7割、6割前後で歩留まりつつ、直近ではその山が下がるどころか更に上がるような動きを見せている。昨今のヒットを受けてのメディア露出が更なる興味喚起、検索行動へと結びついている証拠だろう。

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正直自分はここまでのヒットは予想していなかった。

事前情報としては、今年に入り本作自体ががホアキン・フェニックス主演で映画化されることは知っていたが、公開手前で本作がベネチア国際映画祭でアメコミ作品ながら金獅子賞を受賞しアカデミー賞も確実視され始めたというニュースで、俄然注目度が高くなったことはあった。

ただ、初日の動きで違和感を感じたのは事実だ。

公開当日は六本木のTOHOシネマズで鑑賞したのだが、コアな映画好きがある程度反応する位かと思っていた所、席のハケ具合はいずれの回も満席(むしろ前日から既に早い回は完売、残りわずか状態)が続き、自分が鑑賞した最終回(確か21時35分開始)も同様に座席は完全に埋まっていた。一緒に鑑賞した友人も普段はあまり映画を見ないという感じだったが「これだけは見たい」、と言ったセリフを残していたり。(中国出身の友人は、中国のエンタメアプリ経由で本作について知ったとのことだった)

追い打ちをかけるように違和感を感じたのは当日のSNS(特にTwitter)の異様なまでの盛り上がりだ。見た人ならわかると思うが、本作は様々な視点で議論を巻き起こしうる作品だ。人の善と悪。虚構と現実。昨今の時代を反映する社会情勢とテロリズム。映画としての過去へのオマージュや芸術性に富む演出、そしてホアキン・フェニックスという俳優の鬼気迫る演技。

特に自分の周りでは、20代女性の反応がいくつか見られ、暴力的な表現を含むR-15指定の作品でありながら、意外性・違和感のある反響で、何かが起こりそうな感覚を得たところだった。(当日自分が記したメモを見ると、類する作品としてのダークナイトが19.7億円という所を踏まえると、アメコミ映画のこの10年近くでの浸透と、SNSの映画興収へのインパクトを踏まえると20億円後半-30億円という所には届くのではと予想した所だったが、それを優に超える結果となっている)

ちなみに世界での興行収入は、現在7.3億ドルを突破した所で、これはR指定作品で言えば、歴代3位となるが、上位にいるレッドプールシリーズとは1億ドル未満の差であることから、歴代1位となるのは確実ではないだろうか。

また、興収の各国内訳(以下Box office mojoのサイトを参照)を見てみると、北米が2.5億ドルで突出しており、次点はイギリスが5200万ドル。次は韓国、メキシコが2900万ドルで続いている。(韓国では日本以上にJOKERがヒットしていることがわかる)そして日本とロシアが2500万ドルで続く、という状況のようだ。昨今の香港情勢を受け、中国国内での上映はやむを得ず禁止となってしまった本作だが、改めて中国上映を含めずにこの結果はすごいとしか言いようがない。

9.11以降、世界の至る所では一般生活にも染み出してきている憎しみの連鎖と、その発露として起こる残虐な事件が後を絶たない。そんな中、個人的な感覚としても、今年の京アニの事件があった今となっては平和ボケしていたここ日本ですら、今にもどこかでこうしたアーサーの様に虐げられた苦痛を暴力へと転化してしまうケースが生み出されているのではないか、そしてその一端を自分や社会が担ってしまっていること、そうした残虐性に自分自身も陥る可能性があるかもしれないという恐怖に、色々と考えさせられる強烈な読後感を覚えた作品だった。

感じ方は人それぞれだと思うので、感想については以後割愛するが、むしろ記しておきたいのはタイトルに含めた「時差」マーケティングの終焉、についてである。※特にクロスボーダーでのコンテンツ(特に映画)の展開に関して。

本作の特徴の1つに「日米同時公開」がある。※というか先程のBox Office Mojoのサイトを見ると、今作は全世界的に同時タイミングでの公開だったことがわかる)

一昔前までは、海外の作品が日本で公開される場合、ある程度の時差を経ての公開が多かった印象がある。改めて今回調べてみた所、下記の記事では、そうした理由の1つに、上映される作品数に対する国内でのスクリーン不足(近年のデジタル化による映画作品制作の低コスト化による作品増加が起因となる)が挙げられている。

上映されるスクリーン数の不足です。公開される映画の本数に対してスクリーン数、つまり劇場が少なすぎるんですよ

洋画の本国公開から遅れて日本公開となる作品は多いが、その中で最もすぐ思い出すのが「日本よ、これが映画だ。」のコピーでも(いい意味でも悪い意味でも)話題になった、2012年公開の映画「アベンジャーズ」だ。

この作品は、本国米国公開が5月4日ながら、日本での公開は8月14日と、約3ヶ月の遅れがある。記憶が朧ではあるが、この作品は日本公開が他国に比べ最後であり、理由は当時はまだアメコミ映画がヒットするという前例が少なかった国内においては、海外での大ヒットを受けた上での宣伝・マーケティング戦略を実施することで日本公開を遅らせた(ex. 全世界10億ドル超えの大ヒット)、という背景があることを記事で読んだ記憶がある。日本でのヒットを考える上では妥当な判断ではないだろうか。

2012年というのは上記の象徴的な映画があったことから挙げたに過ぎないが、仮に当時と比べるとすると、2019年のメディア環境は大きく変化している。

1つはサブスクリプションサービスの台頭である。GAFAを始めとしたグローバルのプラットフォーマーがいずれも動画配信サービスを仕掛け始めており、Netflix、Amazon Prime、Youtube Originalに加え、AppleはApple TV+、DisneyはDisney +と独自のオリジナルコンテンツの展開を強化している。こうした配信サービスがコンテンツビジネスの新たなキャッシュポイントとして、その有効な手段の1つとして確立されることにより、配信サービスを自社サービスに包含する大手映画会社(ex. ディズニー、ワーナー)の打ち手は自ずと変わってきている。

実際にディズニーは、今後公開される映画作品の多く(ex. 先日公開の「マレフィセント2」「アナ雪2」「スターウォーズ/スカイウォーカーの夜明け」など)を日米同時公開とすると発表した。(言ってみれば今年の「アベンジャーズ エンドゲーム」も日米同時公開である)

これはおそらくディズニー+という配信サービスによる事後の展開を見越した上での変化であると考えられる。本国(=米国)と海外で映画の公開に時差がなければ、配信におけるタイミングをより一層揃えやすくなるはずであり(映画公開と配信までの期間は平均3ヶ月ほどのようだが、国によって差がある模様)、1つのコンテンツの各国での展開をより精度高く見極めていくことにつながるのではないだろうか。(視聴データが取れるデジタルのサービスだからこそ、例えば同一コンテンツの視聴データを見る際には、配信時期が同一の方が、データの分析においてはより有用となるのではないかと推察される

加えてSNS環境も大きく変化している。2012年当時は写真共有アプリとしてインスタグラムが注目を浴びFacebookが買収を発表したタイミングではあるが、日本でのアカウント開設よりもまだ2年も早い段階である。一方2019年現在では、同アプリは特に若い世代を中心に情報取得のプラットフォームとしてなくてはならないポジションを築いている。また、SNSとは言い難いが、youtubeも若い世代を中心に世界中で急速にシェアを広げ動画メディアとしてはトップに君臨している。

ハリウッドでは既存の映画業界との溝が取り沙汰されるNetflixを始めとする動画配信サービスの浸透と、YoutubeやInstagramといったグローバルの情報プラットフォームの広がりは、コンテンツの情報流通とは不可分の関係にある。こうした土壌があるからこそ、今後はより一層、時間を開けた国ごとでの緻密な展開よりも、同時多発的な熱狂を優先した展開が、エンタテインメントコンテンツのフィールドにおいては顕著になっていくのではないか。

むしろそうした時により一層必要となってくるのは、各国での展開を統括するコントロールタワーの機能なのではないかと思う。

先日知り合いと話したときには、とある国内の大手メーカーでは、これまでは各国現地でローカライズを任せていたが、全てを国内の部門がマーケティングを統括する動きに変わってきているという話を耳にした。こうした動きは(当然差はあれど)、特にハードにとらわれない映像コンテンツの分野においては、より一層顕著になっていくのではないか。スマホというデバイスとデジタルのグローバルなプラットフォームが整ってきた(とはいえ中華圏などはまた別の生態系が存在するが)今だからこそ(も、(当然ながら各国でのローカライズも必要であることには代わりはないと思うが)その前提として方向性を定める全体的な役割がまずもって一層必要になっていくのではないか、今回のJOKERのヒットからはそんなことを感じた次第だ。

改めて、国内、世界の興行収入がどこまで行くのかは見ものであるし、来週のハロウィンでは街中にJOKERが溢れる光景がくっきりと目に浮かぶのは私だけではないだろう。そうしたバズを取り込み、来年2月のアカデミー賞に通じる各映画賞での話題も経て、この映画は更に大きなうねりとなっていくに違いない。


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