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【小説】フラクタル・アイロニー

 たけるさんが言うには、この世のほとんどすべてのものは同じ形が続いて出来上がっているらしい。パサパサのサンドイッチを咥えながら、たけるさんはよく団地の四角の連続を数えていた。

「ねぇそれ、暑くないの」
 プールのにおいを纏わせて、アイスを齧りながら自転車の後輪をカラカラ回す。青春っぽい、と思う気持ちも半分、こんなの青春なんかじゃないと思うのも半分。いつからか“シタ”と呼ぶようになった団地の下の商店で買うミルクバーは、食べ始めは歯が立たないくらいにカチカチなのに、気を抜くと一瞬でどろどろになって棒から抜け落ちるから食べ切るのが大変だった。無理矢理歯を立てて角を削ると、氷みたいな塊が口の中で少しずつ溶けて、ミルクバーというより砂糖菓子って感じの味が伝わってくる。レトロと言えばレトロ。安っぽいと言えば、安っぽい。
「きみは暑くないの?」
 シタの店先に置かれた小さなベンチに座って、たけるさんが眩しそうにこちらを見る。全身にタトゥーを彫っているたけるさんは、首の後ろに熱が集まって熱いからってずっと髪を伸ばしているらしい。肩につくかつかないかくらいが限界でいつも切ってしまうわたしよりずっと、たけるさんは綺麗なロングヘアーを保っていた。
「え、いや。普通に暑いよ」
 ボブに切り揃えた髪と首の間に手を入れてパタパタと風を送る。汗ばむ首を拭いながら、ミルクバーが汗をかいて崩れる姿を思い出す。
「じゃあ、暑いんだ。どんなでも」
 飄々と切り返す、髭ロン毛のタトゥー男。こんな団地にそんな人がいるのは奇跡みたいなことで、わたしはその奇跡が眩しくて大好きだった。前に「どうやってここに来たの?」って聞いたら、「こっそり紛れ込んだんだ」ってたけるさんは言った。元々たけるさんはたけるさんだったけれど、タトゥーはこの団地に越してきてから少しずつ増やしていったらしい。真っ新だった肌に少しずつ増えていくタトゥー。わたしはその過程を知らないことが悔しくて、いつか必ず自分もタトゥーを入れようと17歳で心に決めた。
 商店の前を通るおばさんが、驚いたような顔でたけるさんを見て、わたしを見る。たけるさんは「こんにちは」と生ぬるい声で挨拶をして、サンドイッチを一口食べた。パサパサのパン屑が落ちて、たけるさんの足元にわらわら蟻が集まってくる。
「団地ってやつは、少し四角すぎるね」
 ぼんやりと団地を眺めながら、たけるさんが言う。
 しかくよりさんかくが好きだったから、たけるさんはよくシタで買ったサンドイッチやおにぎりを食べていた。

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