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人生とデータの取捨選択

今日2023年12月31日も紙のスキャンをしている 人生で大切なもの小学校や中学校、大学で同級生や後輩先輩、先生からいただいた手紙。未来の自分や他人に何度も振り返られる価値がある。他人との関係の中で自分が幸せに生かされ育ててもらってきた証。関係の中で自分の発揮させてもらった良い面、相手が発揮してくれた良い面が記録されていて、今もそこにあるかのように思い出させ今を生きる力を与えてくれる。 手書きの手紙の力ってすごいんだな。39歳の今は全く描かなくなってしまったことに気づく。

    • ScanSnapと人生

      ScanSnapのような個人向けドキュメントスキャナが普及したのは私が大学生になってからのことでした。 それまで書類を保管しようと思えば、紙のままファイリングしてとっておくしかなかった。 音声、画像データよりも言語データが何より当時の心を思い出させてくれる自分にとって、当時の自分と周囲の方達との心のやりとりが残っている言語データが復元できなくなってしまう事は何より苦しいことだったが、解決するための満足いく手立てが当時はなかった。 ScanSnap は下記を実現してくれた

      • 棚卸→愛を浴びて生きている

        年末に、幼稚園・小学校・中学校の時の卒業証書を400dpiでPDFデータに変換して、原本とさよならしました。 また、遅いですが、学生の頃に頂いた御守りを湯島天満宮へ返納して来ました。 大人になって卒業証書や御守りを頂いたことを振り返ると、自分が今ここで生かさせてもらってることは、本当に多くの大人のかたの愛に支えられてきたんだと圧倒されます。 幼稚園を無事に卒園する。どれだけ大変なことでしょうか。当時の私は知りませんでした。たくさんの大人、先生だけではありません、バックオフィ

        • その瞬間瞬間、目の前の心と心で話せる人でいれたらいいな①

          実家の固定電話をついに解約しようということで、弟が対応してくれた。 私たちが生まれてから、たくさんの大切な方々とのコミュニケーションを媒介してくれた大切な番号。 小学校の連絡網や、 年に数回しか会えない遠くにいる大切皆様との近況共有、 携帯電話やインターネットがなかった小学生までは、唯一の音声連絡手段だった。 我が家と関わる皆様と、心を通わせたり、人生において起きるあらゆる緊急で重要なことを、大切なその人の声で、聴かせてくれてありがとうございました。 つないでくれた奇

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        • 仕事
          1本

        記事

          父の他界と甥っ子の誕生

          公開する前提で描こうとすると、読み手にとってどうかを考えるので終わって書かなくなってしまうから自分のために。 弟が「今日忙しいの?甥っ子に会いに来ない?」と当日で誘ってくれて本当に感謝してる それ逃したらずっと先送りにしてたんじゃないかな。 余計な言葉をかけてしまうのが怖いから出産まで弟嫁ちゃんに何もできなかったことが負い目なのと、自分が独身で役に立てなさそうなのが理由で、腰が重くなってた気がする 結果そんなことはどうでもいいことだとわかる。 生命ってすごいんだなあ

          父の他界と甥っ子の誕生

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(4)1年間

          サマリ- 急性蜘蛛膜下出血の手術の成功確率自体が30%、成功に感謝もつかの間、1ヶ月後には急性期の治療をしてくれる急性期病院から回復期リハビリテーション病院への転院が必要なため、準備が忙しい - 無事回復期リハビリテーション病院へ転院完了もつかの間、3ヶ月後には転院しなくてはならないため準備が忙しい - 回復期リハビリテーション病院に入院する目的は在宅復帰のためだが、引き続き24時間医療ケアが必要で、息子・娘がフルタイムで仕事をしていて在宅が難しいとなった場合、転院先候補

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(4)1年間

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(3)1〜2週間

          父が倒れて5日後の2018.12.28の脳外科医のドクターとのお話。※ 一般人の解釈です。 手術の経過観察1. 血管攣縮は防げた(スパズム期乗り越えた)娘の私としては、ドクターから当日お話があった、血管攣縮の発生を恐れていた。が、具体的にどう発見、対応できるのか疑問に思ったので聞いた。 「手足が動かなくなる」ことで分かる、ということだった。 CTなどのテクノロジーより、人間の目視での発見なのか‥と意外に思った。 倒れてから1週間〜2週間の時期、年末年始はCTや胸のレント

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(3)1〜2週間

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(2)翌日〜1週間

          自分が、心の底から根拠はなくとも「大丈夫だ」と思えていた、(仏教的な文脈でいう「明らかに見る」ほどの高尚さはないのだが)からか当日の夜は結果的に、よく眠った。 朝7時に起きた。弟とやりとりしたところ、特に夜中病院からの連絡はなかったよね?ということで最悪の急変は免れている。 今日はクリスマスイブで祝日だが出勤予定だった私は会社に今日だけお休みを頂いて病院へ向かう。 この1週間のタイミングで以下の対応を完了する。 a. 父が通っていたテニススクールへ休会の連絡 b.

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(2)翌日〜1週間

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(1)当日編

          初めまして。34歳会社員、女性のさすてなといいます。 【もともとの家庭の状況】 我が家は私が中学校の入学式を迎えた時にはすでに母が乳がんで入院をしており、私が15歳の高校1年生、弟が中学3年生の夏に、母は他界しています。 なのでそれから20年ほど、父と我々兄弟の3人家族でやってきました。社会に出てからは兄弟も一人暮らしなどして(去年弟は結婚して世帯もちに)家を出ていたこともあって、父は、暮らしの全て、3食の調理から掃除、庭の手入れから洗濯から何からを自分で行い、さらに毎

          78歳の父が急性くも膜下出血で倒れてからのこと(1)当日編