人生とデータの取捨選択
今日2023年12月31日も紙のスキャンをしている
人生で大切なもの
小学校や中学校、大学で同級生や後輩先輩、先生からいただいた手紙。未来の自分や他人に何度も振り返られる価値がある。他人との関係の中で自分が幸せに生かされ育ててもらってきた証。関係の中で自分の発揮させてもらった良い面、相手が発揮してくれた良い面が記録されていて、今もそこにあるかのように思い出させ今を生きる力を与えてくれる。
手書きの手紙の力ってすごいんだな。39歳の今は全く描かなくなってしまったことに気づく。周りの人との関わり方を見直す必要があるかもしれない。スキルを伸ばすことに焦りすぎた。
手紙という文字に残すと20年後30年後もこうして振り返ることができて本当に素晴らしい。
小学校、中学校高校、大学、社会人になってから学んだことの履歴。自分が環境の中で何を問題と捉え、解決のためにどんなことをリサーチし、構成企画し解決のために行動してきたのかの証。私は2013までは仕事でも手書きで大量のメモをして思考を整理していました。Evernote、Googleドキュメント、Googleスライド、Notion、、、今に至る。
本当にここまで自分が生きることができたのは生涯を通じて関わってくれた皆様のおかげであると分かる。
人生でそこまで大切ではないもの
自分をビジネスの対象として送られてきた資料。ビジネスの対象とされること自体は、みんなが幸せになっていくために必要なのであるが、ビジネスの先に顧客の幸せを見ているかどうか、という点でまず会社が2分される。自分の今後のビジネスに活かせるかどうかでスキャンするかしないか2分できる。企画製造や印刷配送に関わってくれた方々ありがとうございました。
なぜ私にとってそこまで大切ではないかというと、そのデータを私が所有者として厳密に管理しなくても所有者である企業がすでに管理してくれているという事実があるからである。企業にお任せする安心感、役割分担。また、これらは電子化してプライベートデータを読み込むChatGPTを作れば自分の頭に残しておかなくてもGPTが教えてくれるようになる。しかし、自分と自分の関係してくださった方との間でのデータはまだまだ自分が引き出せるように整理保管が大切だと思う。
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