【読書メモ】ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム
1.はじめに
私はwebマーケティング担当者として普段働いています。
仕事柄、顧客を人口統計学的分類でセグメンテーションし、その細分化したセグメントを対象にWeb広告施策を検討することが頻繁にあります。
会社の中でどんな顧客を優先的にターゲティングするか?は明確化されており、そのセグメント自体に違和感はありません。
一方で「顧客属性」と「顧客が何を求めているか?」の因果関係はマーケティング担当者としてより理解度を上げなければいけないと常々思っていました。
今回読んだ『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』は上記の因果関係を具体的に捉える為のノウハウが凝縮された本だと思いました。
個人的に興味深かったポイントをまとめてみようと思います。
2.朝のミルクシェイク
著者クリステンセンはファストフード・チェーンのプロジェクトに関わっていた。プロジェクトのメインテーマは「どうすればミルクシェイクがもっと売れるか」。
そのプロジェクトでは今までとは全くちがう方向から課題に取り組んでいた。具体的には「来店客の生活に起きたどんなジョブ(用事、仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを〝雇用〟させたのか」調査することから始めた。
調査チームは「顧客がミルクシェイクを雇用する理由」を調べていく過程で興味深い事象を捉えることができた。
すべての調査をまとめ、客の人物像を分析したところ、新たなことが判明する。
①ミルクシェイクを買う人たちのあいだに、人口統計学的な共通要素はなかった。
②彼らに共通するのはただ、午前中に片づけたいジョブがあることだけだった。「朝の通勤のあいだ、ぼくの目を覚まさせていてくれて、時間をつぶさせてほしい」。
このファストフード店がミルクシェイクを一般的な意味でより良いものにすること(もっと濃く、甘く、大きく)だけに目を向けてきたのなら、分析の方向がずれていた。
ミルクシェイクを売りたい店にしてみれば、ミルクシェイクそのものがウリであると思いがちだが、実際のところは「長時間運転の暇つぶし」を顧客は買っていた。
著者と調査チームは「どんな〝ジョブ(用事、仕事)〟を片づけたくて、顧客はそのプロダクトを〝雇用〟するのか?」という問いから因果関係のメカニズムを解いていった。
3.プロダクトではなくプログレス
日本のメーカーから学べること
日本のメーカーたちは製造ラインにおける
欠陥の原因を学習しようと徹底的に実験した。
個々の問題の根本原因を特定できさえすれば、
不具合の再発を防止するプロセスが設計できると考えていた。
この努力により、製造ラインの不具合は激減し、品質は向上しつづけ、コストも格段に減少した。
要するに彼らが証明したのは、プロセス改善に注力すれば、高品質の車を確実かつ効率よく生産することは可能だということ。
欠陥が見つかると、彼らは科学者が〝逸脱〟を
見つけたときのように行動した。
つまり、それを悪とはとらえず、何が原因かを掘り下げ、製造プロセス全体を向上させる機会ととらえた。
欠陥の原因はきわめて詳細に追究され、いったん原因が特定されれば、問題のあるプロセスは変更されるか取り除かれた。
製造プロセスで逸脱を見つけ出そうとしているかぎり、欠陥のひとつひとつはプロセスを向上させるための好機と見なされる。
4.何をではなく、どう考えるか
アカデミックな場に身を置く著者(クリステンセン)は、特別な知識もない業界や組織のビジネスが抱える課題について意見を求められることが年に何百回とある。
それでも著者が見解を述べることができるのは、何を考えるかというより、どのように考えるかを教えてくれる、理論の詰まった道具箱をもっているから。
優れた理論は、最も役立つ答えが得られる質問を投げかけ、それをつうじて本当の問題が何かを組み立てる。
理論を採用するということは、学術的な細ごましたことに囚われるのではなく、むしろその逆で、何が原因で何が起こるかという、このうえなく実用的な質問に焦点を絞るためである。
優れた理論は、効果的なマネジメント業務に欠かせないものであり、著者が学生に提供できる最も強力なツール。
顧客に特定のプロダクト/サービスを購入して使用するという行為を起こさせるものは何か?ジョブ理論がその答えを出せる。
5.ジョブの定義
ジョブの定義
ジョブ理論の中核には、単純だが強力な知見が込められている。
顧客はある特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。
この「進歩」のことを、顧客が片づけるべき「ジョブ」と呼び、ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという比喩的な言い方をしている。
この概念を理解すれば、顧客のジョブを発見するという考え方が直観的にわかるようになる。ここで、ジョブ理論を構成する要素について整理する。
■進歩
著者はジョブを、〝ある特定の状況で人が遂げようとする進歩〟と定義する。重要なのは、顧客がなぜその選択をしたのかを理解すること。
ゴールへ向かう動きを表すため、あえて「進歩」ということばを選択しているとのこと。
ジョブとは進歩を引き起こすプロセスであり、独立したイベントではない。進歩は、特定の問題を苦労して解決するという形をとることが多いが、それはひとつの形態にすぎない。苦労や問題を伴わないジョブもある。
■状況
ジョブの定義には「状況」が含まれる。ジョブはそれが生じた特定の文脈に関連してのみ定義することができ、同じように、有効な解決策も特定の文脈に関連してのみもたらすことができる。
ジョブの状況を定義するにあたり、重要な質問はたくさんある。「いまどこにいるか」「それはいつか」「誰といっしょか」「何をしているときか」「30分前に何をしていたか」「次は何をするつもりか」「どのような社会的、文化的、政治的プレッシャーが影響を及ぼすか」など。
ここでいう「状況」とは、その他の文脈上の要素、たとえば、ライフステージ(学校を卒業したばかりか、中年期の危機に陥っているか、もうすぐ定年か)や、家族構成(既婚、未婚、離婚? 乳幼児が家にいるか、親の介護が必要か)、財政状態(債務過多?超富裕層?)などに拡大することができる。
ジョブを定義するのに(その解決策を見つけるためにも)状況が不可欠なのは、なし遂げたい進歩の性質が状況に強く影響されるからだ。
「状況」は片づけるべきジョブ理論の根幹である。著者の経験に照らすと、多くのマネジャーたちはたいてい状況を考慮しないとの事。
むしろ彼らは、イノベーションを探索する旅のなかで、次の4つの原則にとらわれているとの事。
・プロダクトの属性
・顧客の特性
・トレンド
・競争反応
これらのカテゴリは、最もありがちなものを抜き出しただけであって、どれが悪いとか間違っているというものではない。だが、こうした原則を追求するだけでは不充分であり、顧客の行動を予測することはできない。
機能面、社会面、感情面の複雑さ
さらに、ジョブには複雑さが内在する。機能面だけではなく、社会的および感情的な側面もある。
多くのイノベーションにおいて、その焦点が機能性や実用的なニーズのみに向けられていることは珍しくない。
だが現実には、消費者の社会的および感情的なニーズが、機能的な欲求よりもはるかに大きいことがある。
子どもを預ける人を雇う場合を考えてみると良く理解できる。機能面もたしかに重要だ(自分の生活に合う場所とやり方でわが子を安全に世話してくれるだろうか?)が、おそらく、社会面と感情面のほうが、選択に大きな影響を
与える(誰になら安心してわが子を任せられるか?)。
ジョブとは何か
ジョブの基本定義は以下のとおり。
・ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩である。
・成功するイノベーションは、顧客のなし遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する。また、それまでは物足りない解決策しかなかったジョブ、あるいは解決策が存在しなかったジョブを片づける。
・ジョブは機能面だけでとらえることはできない。社会的および感情的側面も重要であり、こちらのほうが機能面より強く作用する場合もある。
・ジョブは日々の生活のなかで発生するので、その文脈を説明する「状況」が定義の中心に来る。イノベーションを生むのに不可欠な構成要素は、顧客の特性でもプロダクトの属性でも新しいテクノロジーでもトレンドでもなく、「状況」である。
・片づけるべきジョブは、継続し反復するものである。独立したイベントであることはめったにない。
ニーズはジョブではない
適切に定義されたジョブはイノベーションの青写真になる。
これは従来のマーケティングでよく言及される「ニーズ」とは大きく異なる。ジョブはそれよりはるかに細かい明細化を伴う。
ニーズはつねに存在し、漠然としている。「私は食べる必要がある」という表明は、ほぼつねに真実。「健康的でいたい」や「定年後に備えて貯蓄する必要がある」も同様。
これらが消費者にとって重要なのはたしかだが、そのニーズをどのように満たすのかはぼんやりした方向性しか示されない。
ニーズはトレンドに似ている──方向性を把握するには有益だが、顧客がほかでもないそのプロダクト/サービスを選ぶ理由を正確に定義するには足りない。
食べる必要があるというだけでは、いくつかの解決策からたったひとつを選び出す理由、解決策のどれかを自分の生活に引き入れる理由にはならない。
私は食事を抜かすことがある。であれば、ニーズだけではすべての行動を説明できない。逆に、まったく空腹でなくても食事をする理由はいくらでもある。
一方、ジョブは、はるかに複雑な事情を考慮する。何かを食べる必要があるという状況と、その時点で重要でないその他のニーズは、激しく変化しうる。
ミルクシェイクの例に改めて参照する。生活のなかで生じたジョブを解決するために、私はミルクシェイクを雇用するかもしれないが、ほかのどれでもなくミルクシェイクを選ぶに至る理由は、そのときの特定の状況で作用するニーズが集合したものである。
そのなかには、たんなる機能的あるいは実用的なニーズだけではなく(腹がすいたから朝食に何かとりたい)、社会的・感情的なニーズもある(長く退屈な車通勤の時間にちょっとした楽しみがほしい。でも、早朝にミルクシェイクを片手にしている姿を同僚に見られるのは恥ずかしい)。
そうした状況では、いくつかのニーズがほかより高い優先度をもつ。たとえば、朝の通勤時ならファストフード店のドライブスルーへ(誰かに見られないように)ハンドルを切るかもしれない。
だが、異なる状況──息子といっしょで、夕食まえで、やさしい父親の気分になりたい──では、これらのニーズの相対的な重要さが変動し、別の理由からミルクシェイクを雇用したくなるかもしれない。
あるいは、ミルクシェイクではない、まったく別の解決策に転換するかもしれない。
ニーズの反対側に位置するものを、人生の指針と呼ぶことにする。ニーズと同様につねに存在し、生きていくこと全般にかかわるテーマである。
よい夫になりたい、教会のよき信徒でありたい、学生の勉学意欲を引き出せる存在でありたい……どれも私が選択した人生のたいせつな指針だが、私の片づけるべきジョブではない。
よい父親になりたい、ということは、私にとってだいじではあるが、ある商品をほかより優先して人生に引き入れるきっかけにはならない。
したがって、私がよい父親になろうとしている特定の状況を把握せずに、企業が私の役に立つような商品やサービスを生み出すことはできない。私が何かを雇用して解決しようとするジョブは、進歩を妨げる障害物を特定の状況下で乗り越えるためのものである。
6.ジョブの見極め方
ジョブを見きわめ、本質を明らかにするのは、現実にはかなりむずかしい。ジョブから得る知見は壊れやすい。なぜなら、数字ではなくストーリーだから。
顧客に付随する特性を分解し、「男性/女性」「大企業/中小企業」「新規顧客/既存顧客」などのバイナリーデータに分解する段階で、その意味は破壊される。
ジョブ理論は、顧客の年齢が40歳から45歳のあいだなのか、その日選んだのが何味なのかは考慮しない。
ジョブ理論が重点を置くのは、〝誰が〟でも〝何を〟でもなく、〝なぜ〟である。ジョブを理解するということは、知見を集めて、さまざまなことが密接につながり合った絵をつくり上げていくことであり、細かい断片に区切ることではない。
ジョブを理解するうえで、ある思考実験が役立つ。特定の状況で進歩を遂げようと苦心している人を、短編ドキュメンタリー映画ふうに頭のなかで撮影してみるというもの。下記詳細。
■この動画に記録されるべき要素
❶その人がなし遂げようとしている進歩は何か
求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。
たとえば、「仕事やプライベートでとびきりの第一印象を与える笑顔がほしい」というジョブは、多くの人の人生で発生する。
あるいは、悩みを抱えるマネジャーは、「私の管理する営業チームが仕事で成果をあげられるように装備を充実させ、スタッフ間の混乱を減らしたい」と言うかもしれない。
❷苦心している状況は何か
誰がいつどこで何をしているときか。
「年に 2回歯科医へ通い、歯をきれいに保つためにするべきことはすべてしているのに、思ったほど白くならない」や、「毎週のように部下の誰かが退職したいと言ってくるので、勤務時間の半分を採用活動と新人教育に費やしている」などなど。
❸進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か
たとえば、「歯を白くする歯磨き粉をいくつか試したが、さっぱり効果はなく、誇大広告だった」や、「営業スタッフのやる気を引き出すため、ボーナス制度、社外懇親会、トレーニングツールなど、思いつく手はすべて打った。なのに何が問題なのか、まだ彼らは打ち明けてくれない」など。
❹不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか
ジョブを完全には片づけない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。
たとえば、「家庭でもホワイトニングできる高価なキットを購入したのはいいが、不恰好なマウスピースをひと晩じゅう装着しないといけないうえに、なんだか歯がひりひりする……」や、「自分で営業電話をかけなきゃならない──そんな時間はないのに!」 等々。
❺その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か
たとえば、「専門の歯科治療によるホワイトニングを受けたい。ただし費用も手間もかけたくない」や、「自分の仕事に役立つのなら、でき合いのツールでもいいから購入したい」など。
これらの要素はそれぞれに重要な文脈と意味がある。
5つの問いに答えることで、ジョブをより具体化できるようになる。いわば、ジョブ理論は複数の切り口と機能をもった統合ツールといえる。
顧客が進歩をなし遂げるために苦労している点を見つけ出したら、片づけるべきジョブの機能面だけでなく、重要だが気づきにくい社会的および感情的側面についても考えてみる。
7.ジョブを明らかにする方法
ここでは、すぐ目のまえにあるかもしれないジョブを明らかにする方法を紹介。
ヒントは身近な生活のなか、無消費に眠る機会、間に合わせの対処策、できれば避けたいこと、意外な使われ方、の5つ。
1生活に身近なジョブを探す
世界には洪水のようにデータがあふれているのに、偉大なイノベーターたちを成功に導いたものが、片づけるべきジョブの直観だったと聞くと驚く人もいるかもしれない。
ソニー創業者の盛田昭夫は後進に対し、市場調査に頼るのではなく、「人々の生活を注意深く観察して彼らの望みを直観し、それに従って進む」ようにと助言していた。
この数年で最も成功したスタートアップのいくつかは、創業者の個人的な片づけるべきジョブが発端だった。シーラ・マルセロは、自身が子育て支援の不足で苦労した経験から、育児、高齢者介護、ペットの世話などのオンライン〝縁結び〟サービス、ケアドットコムを創業した。
現在、会員数は16カ国ほぼ1,000万人にのぼり、企業収入は創業10年足らずで6,000万ドルに届こうとしている。
2無消費と競争する
片づけるべきジョブについて学べるのは、なんらかの商品やサービスを雇用している人からだけではない。何も雇用していない人からも、同じくらい多くのことを学べる。
ジョブを満たす解決策を見つけられず何も雇用しない道を選ぶことを、ここでは「無消費」と呼ぶ。企業は他社から市場シェアを奪い取ることばかりに気をとられがちで、目に見えない需要が大量に眠っている場所のことは考えない。
既存のデータからはその場所を知ることはできないため、そうした需要の存在に気づくのは容易ではないから。だが、多くの場合、無消費には最も豊かな可能性がある。
エアビーアンドビーのグローバル戦略部門のトップ、チップ・コンリーによると、借り手であるゲストの40%は、エアビーアンドビーがなければ旅行に出かけなかったか、家族の家に泊まっただろうと言っていたそう。
また、貸し手であるホストもほぼ全員が、エアビーアンドビーが出現するまえは、一部屋だけにしろ家一軒にしろ、人に貸そうなどとは思ったこともなかったそうだ。つまりエアビーアンドビーは無消費とも競ってきたのだ。
3間に合わせの対処策
キンバリー・クラーク社は、ジョブをすっきりと解決できずに間に合わせの策で苦労している消費者に着目して〈シルエット〉シリーズを生み出した。
こうした話を聞くと、イノベーターは武者震いするのではないだろうか。
あなたが潜在的顧客に気づいたとする。
つまり、現在の解決策に満足しておらず、あれこれ工夫して自分なりの解決策をつくろうとしている消費者に。彼らがどんなふうにやりくりしているか、注意深く観察しよう。
そこには、見つけられるのを待っている、そしてもし見つけられれば顧客が高い価値を認めてくれる、イノベーションの手がかりがあるかもしれない。だが、どういう状況で苦労しているのかを充分に深く掘り下げなければ、彼らが間に合わせでやりくりしている変則的な振る舞いに気づくことはできない。
4できれば避けたいこと
できれば避けたいジョブは、進んでやりたいことと同じくらいたくさんある。そうしたことを「ネガティブジョブ」と呼ぶ。
私の経験上、ネガティブジョブはイノベーションの優れた機会であることが多い。
5意外な使われ方
顧客がプロダクトをどう使っているのかを
観察することでも多くを学べる。
とりわけ、企業が想定していたのとは異なる使われ方の場合には
非常に参考になる。ありふれた風景のなかに隠れているジョブの
見つけ方として著者が大学院で学生に話すのはチャーチ&ドワイト社の
ベーキングソーダ(重曹)というカテゴリの事例。
ほぼ1世紀のあいだ、同社のベーキングソーダ〈アーム&ハンマー〉の象徴的なオレンジ色の箱は、パンを焼くときに欠かすことのできない材料として、アメリカのどこの台所でも見ることができた。
しかし 60年代の後半、消費者がそのオレンジ色の箱を商品棚から手にとるのには、さまざまな状況があることに経営側は気づいた。
購入者は、それを洗濯用洗剤に加えたり、歯磨き粉に混ぜたり、カーペットに撒いたり、封を開けて冷蔵庫のなかに置いたり、ほかにも料理用とはちがうさまざまな使い方をしていた。それまでは経営側は、パン焼きなどでのふつうの使い方以外のジョブに看板商品が雇用されるとは考えてもいなかった。
だが、このような観察結果を、ジョブをベースにした戦略に結びつけ、リン酸が含まれていない洗濯用洗剤を初めて市場化したほか、猫のトイレ砂、カーペット専用洗剤、消臭スプレー、脱臭剤などの新製品を次々に成功させた。
8.ビッグハイアとリトルハイア
顧客がプロダクト/サービスを雇用するときに下す決定にはふたつの重要な瞬間があるが、ほとんどのデータが追跡するのはそのうちのひとつだけ。
だいたいは、著者が「ビッグ・ハイア(大きな雇用)」と呼ぶ、人がプロダクトを初めて買う瞬間のみを追跡する。しかし、同じくらい重要なもうひとつの瞬間は、実際にそのプロダクトを消費するとき。
消費者が商品を購入して自宅あるいは職場にもちこんだ状態にあっても、その商品はまだ消費されてはいない。その商品が再雇用され、実際に消費されることを著者は「リトル・ハイア(小さな雇用)」と呼んでいる。
ある商品がジョブをうまく解決すれば、消費される瞬間は何度も訪れる。
つまり、繰り返し雇用されるわけだ。しかし、企業が集めるデータは、ビッグ・ハイアしか反映しておらず、実際にその品が顧客の片づけるべきジョブを解決したかどうかは表れない。
楽しくて便利そうだと思ってダウンロードしたものの、一度しか利用しなかったアプリが誰のスマートフォンにもけっこうある。
アプリのメーカーが、ダウンロード件数しか追跡していなければ、進歩したいというユーザーの望みをそのアプリが解決したかどうかを把握することはできない。
片づけるべきジョブは、昔からつねに存在していた。それに応えるイノベーションのほうは、進歩を重ねてきた。
したがって、新製品のアイデアがどれだけ目新しく革新的であろうと、顧客が苦労している状況はもとからあったため、新しい解決策を雇用してもらうには、顧客は当然、現在やむなくおこなっている振る舞いや次善策のなかのいくらかを解雇する必要がある。
これには、「何もしない」という解決策の解雇も含まれる。
相反する力の綱引き
なんらかの選択をおこなう瞬間には、つねにふたつの相反する力が綱引きをしていて、どちらの力にも重要な役割がある。
・新しい解決策に乗り換えようとする力──
第一に、状況を押す力、すなわち顧客が解決したい問題への不満は、顧客にアクションをとりたいと思わせるほど強くなければならない。
たんにおもしろくないとか気に入らないと感じる程度なら、人にこれまでとちがう行動をとらせるきっかけにはならない可能性がある。第二に、新しいプロダクト/サービスの引きつける力も充分に強い必要がある。
・変化に反対する力──
気づかれにくいがきわめて強力で、同時に作用する力がふたつある。
ひとつは〝現行の習慣〟で、これは消費者の行動に大きく影響する。
現状に満足はしていないが、少なくとも、いまのやり方に慣れているという、問題の存在に慣れた状態だ。もうひとつは、現行の習慣よりも強力な、変わることや新しいことへの不安である。
「もしもうまくいかなかったらどうする?」 消費者は、現行の習慣にはまりこんでしまい、新しい解決策に乗り換えると考えただけで怖じ気づくことがよくある。たとえ不完全であっても〝知った悪魔〟のほうが未知の何かよりはまし、ということだ。
著者自身、古い携帯電話をもう何年も使いつづけているそう。
周囲からは、新しい機種はこんなこともあんなこともできる、と買い替えを勧められているのだが、著者にとっていまの状態が心地いい。
ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマンも指摘したように、古いものに引きずられることは、新たな熟慮検討が不要で、解決策として一定の妥当性があることが感覚的にわかっている。
人にはなるべく損をしたくない損失回避の心情があり、カーネマンおよびエイモス・トベルスキーが提示したとおり、損失回避に働く力は利得の魅力よりも心理学的に2倍強いとされる。
コストの不安、新しいことを学習する不安、未知のものへの不安など、何かを心配する気持ちはときに抗しがたい力をもつ。
9.体験とプレミアム価格(ジョブの3層)
ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の教室では、ジョブを中心にしたイノベーションの考え方を学生に図で示している。
シンプルだが、顧客に雇用されるプロダクト、さらには顧客がプレミアム価格を払ってでも雇用したいと願うプロダクトをつくるうえで、ジョブの特定は最初のステップにすぎないことを強調した内容になっている。
図には、ジョブを理解することだけでなく、プロダクトの購入および使用に伴う適切な体験の構築、さらにそれらを企業のプロセスに統合するところも含まれている。
ジョブの特定、求められる体験の構築、ジョブ中心の組織の統合という3つの層に分かれ、どれもがそれぞれに重要な意味をもつ。
この図に示すジョブの3層を企業が理解し、適合した行動をとれるようになれば、その企業は競争相手が簡単に模倣できないやり方でジョブを解決しているはず。
10.ジョブを重視とした組織が得るもの
本書のためにインタビューをおこなったCEOたちの意見をまとめると、ジョブを重視した組織には、次の4つの点でメリットが得られる。
・明確な目的を共有し、意思決定を分散できる──組織の全社員が、ジョブにフォーカスした適切な決断を、創造力豊かに、しかも自律的に下すことができる。
・重要なことに資源を配分し、重要でないことからは資源を解放できる。
・社員のやる気を引き出し、彼らが好きなことをできるような文化をつくり上げる。
・顧客の進歩、社員の貢献、意欲など、重要な点を測定できる。
顧客の片づけるべきジョブに集中すると、単発的な改善のアイデアにとどまらず、持続可能でぶれないイノベーションの〝北極星〟がもたらされる。イノベーションの成功を期待する上層部の思いと、するべきことを直観的に知っている一般社員とのあいだに広がるギャップの橋渡しにも役立つ。社員の意欲を高め、自信を与えてもくれる。
11.常にジョブとの調和を促す因子を測り、片付けるジョブに立ち戻る
測れることは実行できる
何が大事かに常にフォーカスし続けることは、
どの企業にとっても簡単ではない。
企業が大きくなって多方面からの圧力が強くなるほど、むずかしくなっていく。
「たくさんの部署を顧客ベネフィットにフォーカスさせたままにするのはむずかしい」とインテュイット社の創業者、スコット・クックは言う。
「組織とは目移りしたくなるものだ。当社の場合、顧客化率とか顧客の継続率といったデータに、実際に現場はおおいに誘惑された」。
有効かどうかより、効率性に目を向けるほうがたしかに簡単だ。ほとんどの企業は効率を高めることが実にうまい。
ここで重要なことは「測れることは実行できる」ということ。
アマゾンは創業当初から、顧客のジョブを解決するための3つのポイント──豊富な品ぞろえ、低価格、迅速な配送──につねに意識を集中し、それらを実現できるようにプロセスを整備してきた。
プロセスには、この3つのポイントをどこまで達成できたかを分単位で測定し監視する機能も組みこまれている。最終目標は顧客のジョブを片づけることであり、すべてはここから逆算して設計されている。「私たちはつねに顧客とともにあり、顧客にとって意味のある測定基準をつねに監視している」。アマゾンの国際リテール部門で上級副社長を務めるディエゴ・ピアセンティーニは言う。
一般にはプロセスの最適化は効率をあげるためにおこなわれるが、ジョブ理論に照らすと、ジョブとの調和を促す因子も組みこまれてしかるべき。
片付けるジョブに戻ってみよう
「データ分析やマーケティング・キャンペーンに賛同を得られないことはあるかもしれません」。
マレーシアに拠点を置く複合企業サイム・ダービー社の戦略イノベーション・オフィスのリーダーであるハリ・ネアーは言う。
ネアーは、以前たずさわったイノサイト、プロクター&ギャンブル、キンバリー・クラークのころから、長年にわたりジョブ理論を活用してイノベーションに取り組んできた。
「だが、ジョブ理論についてはためらうべきでないと思う。ジョブ理論が企業の求心力となるところをこれまでずっと見てきた。私たちのもとには日々、さまざまなメッセージが寄せられ、あふれ返り、しばしば衝突する。だが、こう言うことで物事は単純化できる。〝片づけるべきジョブに戻ってみよう。顧客は何を片づけたくてわれわれを雇ったんだ?〟とね。誰も言い訳できない」。
自分自身も多くの関係部署の方と日々連携しており、追っているKPIの違いから衝突がたまに起こります。
そんなときは「顧客が片付けるジョブに戻る」ことを意識したいと思います。
12.用語について
最後に本書をより正しく理解するために
キーワードを整理しておきたいと思います。
成功するイノベーションの条件
成功するイノベーションは、顧客のなし遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する。
ジョブ
ジョブとは、特定の状況で人あるいは人の集まりが追求する進歩。ジョブは特定の状況で作用する機能面・社会面・感情面ニーズが集合したものである。
ニーズ
ニーズ(Needs)とは、「需要」「欲求」「必要」を意味する英単語。「○○したい」「○○でありたい」という顧客の欲求を表す。
ただし、ユーザーの中ではその欲求を満たせる具体的な手段は明らかにはなっておらず、欲求を満たせる商品やサービスを探している段階。
ウォンツ
ウォンツ(Wants)は「望む」「欲する」を意味する単語。ニーズと似たような意味合いがありますが、ウォンツの場合はユーザーが欲求を満たる方法を把握していて、「○○が欲しい」というように具体的な商品やサービスを欲しがっている状態。
インサイト
インサイト(Insight)の意味は、消費者自身も気づいていない無意識の心理。言葉になっていない気持ち(満たされていない願望や隠された欲望とも言われる)。
閉ざされた「頭と心のトビラ」を開く鍵のような存在。
消費者が「言われてみればなるほど」、「ハッとする」、「なんとなく気になる」と解釈できるもの。
ニーズは顕在化しているが、インサイトは本人も気づいていない。
インサイトは競合が気が付いてない可能性もあり、便益の解釈変更で商品化できるなら短期で市場導入も検討できたり、他社に先駆けて商品化に動ける。
つまり、市場変革を起こす可能性がある。
ジョブ理論の中でインサイトはどのように言及されているか?
ジョブ理論の中では「ジョブを思い付くときはインサイト(直観)がものを言う」と多くの経営者が話していたと記載されている。
画期的なインサイトは「顧客自身がことばにして要求できるものよりはるかに優れた解決策をデザインする」手助けになる。
インサイトには常に矛盾する気持ちが存在する
人は矛盾するときに片方しか言えない。
インサイトの種類
インサイトには種類があり、マーケティング担当者はそれぞれの内容を理解しておく必要がある。
上記に加え、デビルインサイト/エンジェルインサイトという人間の倫理観が影響するものもある。
インサイトの種類に関しては、楽天インサイトやWeb担当者(電通)の記事も参考になる内容です。
ジョブ3層とインサイトの関係性
自分の整理ではジョブの3層と
インサイトの関係は下記になると解釈している。
マーケティング担当者や商品開発担当者はジョブの特定時に、顧客のインサイトも捉え、提供プロダクトの成功確率を上げる必要があると思いました。
クリステンセンはジョブとインサイトに関して
本書の中で下記言及をしています。
以上です。
マーケティング担当者として良いプロダクトを
作っていけるよう引き続き精進します。