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【オススメ本】中貝宗治『なぜ豊岡は世界に注目されるのか』集英社新書、2023


前豊岡市長で、小職の勤務先(福知山公立大学)の客員教授も務めていただいている中貝宗治氏による待望の書である。

結論から言うと、まずタイトルがいい。「なぜ〜なのか?」というシンプルな問いに対し、中貝氏が16年(旧豊岡市も入れれば20年)の市長生活を振り返り、淡々と答えていく感じで、非常に分かりやすい。

中貝氏の講演(講義)を何回も傍で聞いてきた立場から1点補足すると、中貝氏の講演をそのまま講演録にしたようなイメージである。それくらい氏の講演は冷静(ロジカル。理)でいてその中にほとばしる情熱があり(エモーショナル。情)、その意味では、1冊を読み終えての最初の感想は「90分の講演を聴き終えた」という感覚である。

さて、ここでは中貝氏のプロフィールを紹介しておこう。

1954年豊岡市生まれ。兵庫県立豊岡高等学校卒、京都大学法学部卒、大阪大学大学院経済学研究科経営学専攻前期課程修了。1978年兵庫県庁入庁。1991年兵庫県議会議員当選(3期)。2001年旧豊岡市長就任。2005年新豊岡市長就任(4期)。コウノトリ野生復帰事業を30年にわたり推進し、ジェンダーギャップ解消に注力。2021年市長退任後、「深さを持った演劇のまちづくり」をソーシャル・セクターで進める豊岡アートアクションを設立。理事長に就任。福知山公立大学客員教授も務める。

まずプロフィールで注目したいのは、行政と政治の両方の経験があると言うことであろう。さらに、その行政・政治経験のどちらとも「広域自治体(県)と基礎自治体(豊岡市)」の両方を経験されている。本書でも随所に知事をはじめ様々な人の名前が出てくるが、こうしたネットワークや視野の広さは、豊岡だけでなく兵庫全体を見渡すこの双方の経験がもたらした賜物であろうと推察できる。

次に注目したいのは「コウノトリ」「ジェンダーギャップ」「演劇」といった象徴的なキーワードである。中貝氏は議員時代、そして市長時代に「コウノトリ議員」「コウノトリ市長」と呼ばれていた。本書でも紹介されるが、それは決してポジティブな意味だけでなく、「1イシュー政治家」という揶揄の意味もあったと述懐される。
しかし、ゆりかごから墓場までの総合行政をカバーし、まちで1番か2番かの財政規模を持つ行政のトップとして、特定の政策だけに注力するというのは、現実的にはよほどの覚悟と専門性、何より実現のためのチーム(内外含む)ができないと達成できないものである(このチームを意識した証拠として本書では、「私」ではなく、「私たち」という主語が多く登場する)。
その意味で4期16年(旧豊岡市も入れれば20年)という期間の中で、少なくとも3つ(災害対応や城崎の活性化、永楽館、専門職大学も入れればさらに増えるが)の全国的な代名詞を作れたのは、主観的にも客観的もすごい業績と言わざるを得ない。

そして、圧巻はタイトルにもある「世界(グローバル)」という点である。本書でも随所に出てくるのが、特にコウノトリ「も」住めるまちを作るために、中貝氏は世界を飛び回っている。時に視察先して、時に講演先として。そして、ジェンダーギャップの解消演劇のまちのためにもヨーロッパとの比較の言及が何度も登場する。すなわち、先ほどは「兵庫県という広域」の視座という言及をしたが、その広域は実は「世界という広域」も見ながらの「二重、三重(国家も入れれば)の広域性」の中で豊岡というローカルを見ていることがわかる。これこそが氏が「小さな世界都市」として豊岡を見つめる背景でもあり、翻って、これこそが氏が「グローカル 」という言葉をあえて使わず、「グローバル」と「ローカル」を使い分ける理由でもある。

本書の帯に「深さが突出すれば地方は衰退しない」「ローカルを極めることが真のグローバル」とのメッセージが載っているが、まさにその通りである。

という訳で、まだまだ語りたいことはたくさんあるが、それは読者諸氏の楽しみを奪うことになるので、最後に私が印象に残った箇所だけを記し、それを実際に本書を取っていただくための誘いとしたい。

・まちづくりは、ある事柄が「私」にではなく、「私たち」に取ってどういう意味を持つのかに関わる営みです(p.11)。
・私たちは「小さな世界都市」を「人口規模は小さくても、世界の人々に尊敬され、尊重されるまち」と定義している(p.11)。
・キーワードは「深さ」と「広がり」です。「深さ」というのは、その地の自然、伝統、文化を「資本」として捉え、そこに新たな価値を付与して磨き上げるということです(p.14)
・「が」ではなくて、「も」。たった人文字ですが、この「も」がなければ、私たちはただの「コウノトリオタク」になっていたかもしれません(p.36)。
・理に訴え、情に訴え、耐えず人々の意識に働きかけるというやり方は、最初から明確に意識していました(p.52)。
・過去と現在を批判的に分析することはもちろん重要です。それがなければ未来は見えてきません。しかしその上で、主眼を過去と現在の否定に置くのではなく、対話を通じて意識を未来に向けていくという作業が、対立構造にある事態を動かしていくためには必要となります(p.72)。
・世の中には理不尽と思えることがたくさんあります。正しいと思うことを言っても実現しないこともたくさんあります。10人いれば10人それぞれの「正しさ」があって、それらは互いに異なっているからです(p.108)。
・私たちは、観光をまず「交流」と捉えています。観光は、そこに訪れる人々が、その地の人々・自然・歴史・伝統・生活文化等々さまざまな構成要素からなる「まち」そのものと交わる営みです (p.139)。
・コミュニケーションは、目の前に理解も共感もできないことを言う人が現れた場合も、「なぜこの人はそんなことを言うのだろうか」と、相手の立場に立って理解する応力、他社への想像力が不可欠です(p.191)。
・「豊岡はなぜ演劇なのか」とよく聞かれます。答えは「それがそこにあったから」というものです(p.203)。
・若い女性に関する、この危機的状況が何によってもたらされたのか。さまざまな原因があると思いますが、私は、女性たちが街に大きな機体をしてこなかった、ということに大きな要因があるのではと疑っています(p.215)。
・まちづくりは、手紙を書いているようなものと思います。その宛先は、子どもたちです(p.255)。
・地下水脈で繋がる。「小さな世界都市」の世界の人々とのつながりかたは、それなのだと思います(p.264)。

追記

先般、明石市の前市長の泉房穂氏による市長時代を振り返った著作『社会の変え方』、対談本『政治はケンカだ』が出版されたが、これら3冊を一緒に読むと、兵庫県内の自治体でもアプローチが全く違う地方自治の「深さ」と「面白さ」に気づくと思う。両者とも地方自治界隈では注目されるが、正解や間違いではなく、全く違うリーダーシップ、そしてアプローチであるからである。ぜひ合わせて読まれることをオススメしたい。

(出版社ホームページ)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721270-9


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