うつ病の人が考える「ゆたかさ」
私はうつ病を患っているので、日常的に「自分にとってしあわせな状態ってどんな感じやろう?」「どうすれば自分が満足するやろう?」のように自分の生き方を考えています。
今日は投稿コンテスト「#ゆたかさってなんだろう」に乗っかって、約半年間かけていろんな哲学の本を読んだり何度も自己分析を繰り返したりして確立させた私の「ゆたかさ」や「しあわせ」の価値観について書こうと思います。
ゆたかさは「好き」の数で計る
私は豊さや幸せを以下のように定義しています。
・ゆたかさ = しあわせ × しあわせと感じた回数
・しあわせ = 好き
「しあわせ」は抽象的な言葉で、人によっていろんな捉え方ができます。多様化する現代では「しあわせ」の定義・価値観は何通りもあると思います。私にとっての幸せは、「好き」と感じることだと感じました。この「好き」は韓国語の초아とほぼ同義と考えています。英語で言い換えると、likeやgoodのような身近なもので、loveのような奥深い意味ではありません。
例えば下記のような場合、私は「ゆたかだ」と感じます。
「好きな(like)友達と好きな(good)カフェにて好きな(like)ドリンクを飲みながら好きな(good)話題をする。」
好きなカフェではなく少し雰囲気の悪いカフェだったら、ドリンクが口に合わなかったら、「ゆたかさ」が少し減ります。私はこのような感じで自分のゆたかさを計っています。
これを定義することで、いろんなシチュエーションで「好きな方」を選択するように心がけることになりました。言い換えると、好きじゃない方の選択肢を選ばない、妥協をしないようにするということです。このしあわせの基準を認知したことがうつ病から回復する第一歩でした。
今では自分に誠実に「好きな方」を選ぶ訓練中です。私にとって、他人の目を気にして自分の意に反した選択をしないようにすることが非常に難しく、苦戦しています。
今日は私のようにうつ病を患っている方や「しあわせ」とは何かを追求している人に何かヒントやきっかけになれば嬉しいなと思ってこの記事を書きました。多種多様な価値観がある中でより多くの人が「ゆたかさ」を感じられる時代になれば良いなと思っています。
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