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短編:【子供も投票所に入れるようになった】

私がまだ幼い頃、不定期で現れる、選挙ポスター掲示の大きな立て看板の存在が何か怖い印象があった。沢山の数字が書いていたかと思うと、ある日から貼り付いたような気持ちの悪い笑顔の顔ばかりの写真が貼り出され、掲示板に対峙した真顔の大人達がそこに書かれた呪文のような文字を疑心暗鬼で睨んでたからだ。夜まで何か大きな声で叫びながら、その反響するいくつもの声が街中に反響し響き渡り、何かの儀式、見えないドス黒い感情渦巻く時季に現れる大人だけの世界…

大人になったいまとなれば、それは大規模選挙の時に現れる、当たり前の光景に変わっていた。

買い物帰り。信号待ちをしていると、私の隣にいわゆるママチャリに乗ったお父さんと、その後ろに乗ってちゃんとヘルメットを着用した女の子が座っていた。目の前の大通りを一台の選挙カーが通り過ぎた。

『・・・でございます!ありがとうございます!信号待ちの皆様!大きな声で失礼いたします!・・・候補、・・・でございます!あ!手を振ってのご声援!ありがとうございます!あ!高い場所からもありがとうございます!・・・でございます!』

もちろん、誰一人手など振ってはいないし、マンションのベランダに出ている人影など無い。強いて言えば、長袖のシャツが風に揺れている。これを声援だと言うならば、この国は幸せである。

隣を見ると、ママチャリの後ろに座る女の子が小さな両手で耳を塞いでいた。
「ねえパパ、何であの車はあんなにゆっくり大きな声を出して走っているの?」
「ああ、選挙カーだからね」
「ウルサイし、何回も同じことばっかり言って…」
「そうだね〜でも仕方ないよね〜」
「なんであんなに大きな声出しているの?」
「名前を覚えて欲しいんだよ」
「なんで名前覚えて欲しいの?」
「選挙だからだよ」
「名前覚えるとイイことあるの?」
「そうだな〜あんまり変わらないかな…」
「なんでこんな時だけ…?いつでもやったらいいのに…なんで…」
そんなやりとりをしている内に信号が変わり、その親子は信号を渡る。女の子の「なんで」は続いているようだ。

選挙は昔から変わらないようで、実は色々と変化をしている。選挙ポスターにはQRコードが入り、SNSを使ったデジタル化ばかりが注目を集めるが、それだけではない。先ほどの女の子も、投票はできないものの、お父さんと一緒に行けば投票所へ入れる。選挙権が18歳から与えられると共に、投票所で行われる儀式を見せる狙いがある。そんなニュースを見た時に、私には、葬儀場のお焼香をどうやるのか、先に行った大人の見様見真似をしていた子供時代の自分を思い出していた。

現役総理大臣が、候補者応援演説に訪れて、爆発騒ぎがあった。物騒な国になってしまった。昔からこの国は、安全・安心で治安の良いとされていた。そしてそれを司る政治家を選ぶ選挙の前哨戦で発生する事件やトラブル。未来を託す子供たちに選挙の意味と意義を伝えたい大人達が、早くから参加させたい狙いはわかる。だがその結果が、海外から日本に戻らない議員が当選してしまったり、今回のような20代の若者が気に食わない過去に対する報復として暴挙に出てしまったりと、オカシナことが多くなっている。

『・・・でございます!ありがとうございます!大きな声で失礼いたします!・・・候補、・・・でございます!手を振ってのご声援!ありがとうございます!・・・でございます!』

また違う候補者の選挙カーが横を通る。そして信号で止まり、窓から乗り出したお揃いのジャンパーを着た人たちが、貼り付いた笑顔で手を振ってくる。私の目には、ゾンビ映画のワンシーンにしか見えない。

今回の選挙、私は政党や公約のような、その場凌ぎの不確実な要素ではなく、ポスター掲示板に貼られている、その笑顔ではない、とある候補者を信じてみたいと思った。きっと専門のカメラマンが必死に笑わせ、白い歯を見せてと言われても頑なに表情を崩さず、周辺スタッフが柔らかい表情が良いと助言してもこの1枚でポスターにすると決め自我を通した、不器用で実直そうなこの人を信じてみたいと。

     「つづく」 作:スエナガ

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