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短編:【御託をならべて】

「“最もらしい言葉”をいかに本当のこととして語れるか。それが、一流とそうでない営業の違いです」

マイクを片手に講演を続けるスーツ姿の男性。
自分は一流の人間であるオーラを出しながら、
自信たっぷりに薄ら笑いを浮かべている。

「“最もらしい言葉”とは、具体的にはどう言った言葉でしょうか?」
会場の最後尾に座って聞いていた、同じくスーツ姿の男性が声をかける。
「その業界の“流行りを見極める”ことと…そして、“カタカナ言葉”です」
実に清々しい。分かりやすく、本当に薄っぺらい“持論”を、サラリと言って退けた。
「“流行り言葉”とは、案外みな意味も解らず使っていたりします。雰囲気なんです。今っぽい感じ。そこに“カタカナ言葉”です。いかにも専門的な発言をしているように聞こえます」
確かに、と頷きながらメモを取る参加者。

「皆さんはメタバースに興味はありますか?
セカンドライフの可能性が多いに広がる、第二の世界です。これからは、今の社会と、もうひとつ、別の人格として生きられる時代です」
必死にメモを取る参加者。スマホで意味を調べながら聞いている人も多い。

「そして今の時代は、モノを持たないことが美徳です。ミニマニスト、皆さんも一度は考えたのではないでしょうか。衣食住、必要最小限のモノで生活できたら、どんなに気が楽になるでしょう!」
小さく感嘆の声が漏れている。
「こうやって極限までいらないモノを捨てて、必要な知識と自信だけを持ち、堂々と自分を開放する。結果、実に生きやすい世界になる訳です!」
なるほど、とうなずく人々。
そこまで鼻息荒く捲し立てた所で、先程の一番後ろに座る男性が声をかける。

「ハイ!結構です!」
壇上の男性は、笑顔のまま、チカラが抜けたように天を見上げる。
「どうですか?やってみて…」
薄ら笑いを浮かべながら、壇上から本音を吐露し始める。
「いやあ…ホント、自信が持てたような気がします!自信を持っている人間を演じ、自信満々に持論を発表することで、これまでと違う自分に生まれ変わった気分です!」
「そうですね。これが、仮想現実体験です。これまで開放出来なかった自分を、別の人格を演じることで得られる、まさに別世界。あなたが語っていたメタバース同様に、違う自分を作り出すことで、この世界も幾分、生きやすくなるというモノです…」
おお〜、と感嘆の声が漏れる。

「営業に自信が持てず、いまの現実というのは実に生きにくい世界だと思っていましたが…、このセミナーに参加してホント良かったです」
「世界なんて考え方ひとつ。最もらしい言葉、潮流を知ること、そして嘘でも自信を持った立ち居振る舞いで、いか様にでも変われる…良い体験になったのではないですか?」
「自分が変わることで、この世界も変わって見えて来る。…何も世界を変えなくても、気持ちひとつで変われる訳ですね…」

そこまで喋りきった所で、不自然なまでに、世界が止まったような無言の瞬間が生まれる。

『ハイ!カットです!チェックします〜』
さらに天の声のように声がかかる。
『ハイ、OKです!頂きました』
自然と拍手が起きる。
『シーン12は、以上になります。飛びまして、シーン17の準備になります。10分休憩になります』

「いやあ、このセミナーのシーンは面白いですね」
「演説している人間が、セミナー参加者という設定というのは…演じていながら不思議な感覚ですよ…」
「でもそのセミナー自体が撮影ですからね…幾重にも伏線があって、実に興味深い台本ですな…」

「別世界を演じる、まさに別世界。ホント、人生なんてこんな感じなのかも知れませんね」…

     「つづく」 作:スエナガ

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