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短編:【しょうもない嘘】

人は時として「しょうもない嘘」をつく。

「ごめんなさい…電車が遅延しちゃってて…」
彼女は小走りで駅ロータリーの待ち合わせ場所にやって来た。
「あ、大丈夫です。僕もさっき時間通りに着いたので、待たせてしまったんじゃないかと心配していたので…」

「しょうがない嘘」が罪のない切羽詰まった仕方ないものだとするならば、「しょうもない嘘」はそれ以前のどうでもよいくだらない嘘。犯罪に加担するような大それたものまで、嘘のランクも様々あれど所詮、嘘は嘘。それによってすべてを手にすることもあれば、逆に失うこともある。些細な嘘からはじまる男と女の物語…

二回目のデートは土曜日の昼前に待ち合わせをした。昼食を食べてから映画を観る予定だった。
「ランチ…何か食べたいものとかありますか?」
「おまかせします」
彼女は時計を見ることもなく即答した。
「でしたら近くに良く行く洋食屋があるので…」
「はい」
本当に迷いのない素直な返事だった。
「ただ昼時間だから、混んでいるかも…」
「仕方ないです。行ってみましょう…」

手も繋がず、特に会話も弾まず、良く行くという洋食屋に到着。
「やはり少し並んでいますね、昼時ですもんね…」
「ちょっと待っていてください」
そういうと彼は列に並ぶことなく一人店の中に入って行き、1分程した所で戻って来た。
「お持たせしました。入りましょう!」
「え?あの…」
「この店、知り合いの店なので、直談判で入れてもらいました」
「あ…そうなんですね…」
どうにも並んでいる皆さんに申し訳がない。掻き分けるように店に入る。店内奥の窓際にある二人がけ席へと案内された。入口付近の座席で待つお客さんもいる盛況な店、彼女は店の様子が見渡せる壁際に座り、他の客からは彼の様子や表情が見えにくい背中を向ける形となった。
「いらっしゃいませ。お肉のコースでよろしいですか?」
「…その前に赤ワインのボトルを1本頂けますか?」
「かしこまりました…」
「あの…いきなり来て、コース料理とワインを頼んで…その…大丈夫なんですか…時間とか…」
「大丈夫です。でもワインで良かったですか?」
「あ、はい。それは大丈夫なんですが…」
赤ワインのボトルと、ワイングラスが2つやって来る。ラベルを見せて二言三言会話してテイスティング。ゆっくりうなずいて両方のグラスに注がれる。
「では二回目のデートにカンパイ!」
静かに微笑みながら会話の少ない彼の本音が見えず、目の前の男性が何者なのか少し怖く感じた。

ワインに口を付け、少し味わう。高級な味がする。
「本当はこのお店、知り合いの店というのは嘘なんです」
「うそ?」
さっき感じた怖さがさらに増す。
「それとさっきの待ち合わせも、実は時間より三十分位早く着いていました…」
「え、あ。ゴメンナサイ!」
赤ワインのグラスを軽く回してそれを眺める彼は、薄っすら笑っている。それが異常に怖くなる。
「三十分前に着いて、本日の時間配分をもう一度確認。ランチを食べて映画を観て、その後軽くお酒を飲んで…」
赤ワインを口にふくむ。
「心配になったので、あなたのお宅からこの駅に着くまでの電車に遅延が無いかを確認して、万事時間通りに進むイメージでいました」
少しだけ私の顔が引きつるのが解る。
「遅延なんて無かった」
「ゴメンナサイ!」
「カワイらしい嘘です」
彼の顔が無表情に変わる。

「事前にこの店でランチコースを予約していました。ですが、さっき先に入って、若干遅れてしまったお詫びと、ワインを追加したい旨をお伝えしました。ほら人気店で遅れるなんて許されませんから」
彼の一言ひとことが恐怖に変わる。
「サプライズのつもりでした。サプライズもある意味人を欺く行為だ。だからいくつもの、しょうもない嘘を重ねました。僕はね、潔癖症、というか、完璧主義者、というか、こうと決めたらその段取り通りに進めたい所があるんです。予定が崩れるならば、一度白紙に戻して再構築したい。今日の映画もヤメましょう…」
先程からの違和感。順番通りのコース料理が運ばれてくる。こんなに味のしない食事は何だろう。

彼はゆっくりと食事をしながら、ワインを飲み続け、私は最初の1杯を飲んだ後、お店の方が注いで頂いたまま残し、気まずい空気の中食事を続けた。当然会話は無かった。なぜ最初のデートでこの人の猟奇性に気づけなかったのかと悔やんでいた。あの嘘のように張り付いた微笑みの裏にこんな顔があったとは。

デザートまで食べたところで彼が口を開いた。
「さて、どうしましょう」
この質問が「このあと」のことなのか
「今後」のことなのか、
その真意がわからなかった。

「私はあなたが好きです。これからも付き合って行けたらと考えています」
相当怖かった。
これが夢なのか現実なのかも曖昧に感じた。

「私は…スイマセン、私は怖くて仕方ありません!正直もう会いたく無いです!」
人気の洋食店内に響き渡ってしまった。
「そうですか。わかりました。ありがとうございます…」
「ありがとう…?」
彼はチェイサーの水を口に運び、少し唇を湿らせた。

「僕の潔癖症というのは本当です。だからハッキリ明確に嫌なことは嫌だと言って頂けて、何よりスッキリしました。今日ここですべて終わりにしましょう…」
なんとも肩透かしだった。彼からはさっきまでの狂気が消えていた。

「僕は、あなたと再び会えるのを楽しみにしていました」
最初に会った時の雰囲気に戻っている。狂気的に感じたのは緊張?その緊張が解けたということなのか?
「好きという気持ちに嘘はない。だけど無理をして慣れないサプライズなんかするから罰が当たったんですね、きっと…」
空になったワイングラスを手で揺らしながら、その底を残念そうに見つめる。
「嘘は嫌いです。カワイらしい嘘も、しょうもない嘘でも、相手を気遣う優しい嘘だって嘘は嘘。小さい嘘をつく人はいずれ大きな嘘をつくかも知れない。嘘をつく方も、嘘をつかれた方も、どこかで罪悪感が生まれ人を傷つけ、嘘で嘘を塗り重ねて取り繕う。人の世に嘘が無くなることはないのでしょうが、せめて自分の周りには嘘が無くなって欲しいと思うんです…まあこれも潔癖症特有の我が儘なのかも知れませんが。そんなの幻想なんですけどね…」
彼の言葉がまっすぐ伝わる。

「今日の洋食コース、食べた気がしなかったんじゃないですか?」
「え?」
「もうすぐ夕方になります。このまま少しだけお酒飲みに行きませんか?」
「なんでそういうことになるんですか?」
「嘘の代償です」
「今日ここですべてを終わりにするんじゃなかったんですか?」
「5分前までの本心です」
「嘘つきですね」
「はい嘘つきです」
「しょうもない男ですね」
「はい、しょうもない嘘をつく男です」
彼の表情が柔らかく感じる。
私の顔になぜだか涙が流れている。

店を出て本当に少しだけ飲みに行った。
そこで食べた焼き鳥は格別に美味しかった。

さらには、その後も付き合うことにした。

デートを機に、ふたりは嘘をつかない関係となった。
本音をぶつけ合える関係は、実に居心地が良かった。

     「つづく」 作:スエナガ

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