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短編:【シグナル】

「世界共通の合図ってご存知ですか?」
「合図ですか?」

夜景のキレイなホテルのラウンジ。横並びでカウンターに座る三十代くらいの男女。真面目で堅苦しい印象のふたり、まだ深い関係ではないのだろう、お互いが探り合いをしているような会話が続かない感じ。

沈黙が周囲を包んだ時だった。
「例えばですよ、よくあるじゃないですか…銀行強盗が押し入って、気づいていないほかの人たちに何かを知らせたい場面とか!」
男性が頑張って、セリフのような言葉を絞り出す。
「強盗ですか?ん〜ドラマや映画ならともかく、現実社会ではそうよくは無いかと思いますけど…まあ…そうですね」
「それが言葉の伝わらない異国での出来事だったとしたら、どんな合図をするかということです」
「そうですね。こうやって親指立てるとか?」
「それじゃあ、イイネ!ですよね。それに合図というからには、あまり目立たない方が良いかと思いますよね」
「そうですね…」
女性は話を合わせて聞いている。

「実はウインクなんです!」
男性は、カウンターのバーテンダーが見える角度で、片目をつぶって見せる。
「ウインク。ああ確かに合図としては定番ですね。でも何でそれが世界共通なんですか?」
「カラダの不思議から話をしますと、何らかの意思を持って片目だけをつぶることが出来るのは、生き物の中で人間だけなんです」
「なるほど、確かにそうかも…」
「普通目をつぶる場合は両目同時がほとんど。目立たない上に、意思を持たないと出来ないウインクは、世界共通の合図、と言われているそうです」
と話をした所で、バーテンダーがグラスと白のスパークリングワインを持って現れる。男性がスマートに仕込んでいたようだ。

「もうすぐお誕生日ということで、ちょっとだけでもお祝いしましょう」
女性は驚いたように、運んできたバーテンダーを見ながら両方の目をパチクリさせている。
「…せっかくのサプライズで恐縮なんですけれど…」
女性がそこまで言うと、同時にバーテンダーはそのまま白ワインを持って、さがって行く。事態の飲み込めない男性。
「このようなお店で待ち合わせでしたので、何となくですが何か思惑があるのではないかと思いまして、申し訳ありません。こういったサプライズは、ちょっと…」
「いやいや、そんな…下心なんかありませんよ。素直にお祝いしたい…と思って…と、本当はそのあと、正式にお付き合いの申し出を…と思ってはいましたけれど…」
男性は明らかに混乱しシドロモドロに本音を言ってしまう。

「そんな気がしたので、私も先に入店して合図を決めさせて頂きました。驚いた時に、両目をパチクリした場合は、その行為をキャンセルして頂くよう、お店の方にお願いしてありました」
「私の好意に気づかれて、その行為までも防いだわけですか…」
男性は、軽く笑いながら両方の腕を高々と上げて
「あ〜あ参りました!お手上げです!」
と、言った瞬間に店内の照明が落ち、奥から花火を刺したケーキの明かりが揺れながら近づいて来る。

「すみません、もうひとつ合図を決めていたんです。告白が上手く出来た瞬間に、喜びで腕を上げたら、誕生日と告白成功のお祝いケーキを、と思っていました」
おめでとうございま〜す!と女性スタッフがケーキをカウンターに乗せる。
「告白の機会は直前に却下されましたが…せめて誕生日だけは祝わせてください…」
「そうですね…」
女性は笑いながら、せっかくなので、と素直に頷いた。

男性は静かにバーテンダーにウインクをする。
「ケーキと一緒に、やはり白スパークリングワインでお祝いしましょう」
再び物語を紡ぎ直す。
男性は勇気を出して計画したのだろう、その姿が微笑ましい。

「美味しいです。でも本当は大変だったんではないですか?ここまでの段取り…」
一応気を使う女性。
「はい、若干…」
男性は軽く笑いながら小さい声で白状する。
「僕も、こういうかしこまった、良いお店へ常に来られる訳ではないので…実は、昨晩来店しまして、こちらのスパークリングワインの合図と、ケーキの予約などの段取りをお店の方にお願いしていました…」
「昨晩…ですか」
「ええ、一世一代のキメ時ですから…ここで頑張らないと、って思いまして…」
「なるほど、何かオカシイとは思ったんです。ぎこちないウインクとか、ヘンなテーマの話とか…」

女性と少しだけ距離が縮まる印象。
「いいですよ」
「え?」
「いいですよ、お付き合いの申し出…ちゃんと伝えてください」
男性はいきなりの方向転換に明らかに動揺する。
「え、あ…あの。あ、はい!え〜結婚を前提に…お付き合い…お願い致します!」
少し間がある。
「…お断りいたします」
女性はそう言って、バーテンダーに見えるように、軽くウインクをして見せる。

「ちょ!?」
明らかに取り乱す男性。
「冗談です…」
女性は少しだけ微笑む。

バーテンダーがワイングラスと、赤ワインのボトルを持って来る。
「私、赤ワインの方が好きなんです。それと、NOの合図は両目パチクリでしたが、YESの場合は…やっぱりウインクだったんです」
「ほら、やっぱり世界共通の合図じゃないですか!」
「でも、私の方が上手かったですよね!」
そう言って、バーテンダーの方に同意を求める。

お似合いのカップルに年配のバーテンダーは静かに微笑む。打ち解けた二人は笑いながら、グラスを重ね、チンという澄んだ音に酔いしれた。

     「つづく」 作:スエナガ

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